Meiji.net

日本のアイデンティティを知るには、海外から客観視することが欠かせない
2024.09.04

人生のターニングポイント日本のアイデンティティを知るには、海外から客観視することが欠かせない

リレーコラム
  • Share

教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【81】

私のターニングポイントは、在外研究でさまざまな国に滞在したことです。それぞれの国で環境・社会・研究・教育などの違いを知り、自然と文化の多様性に触れ、客観的に日本を見ることができるようになりました。

人生で最初に海外へ渡航したのはポスドク時代のシンガポールでした。その後、オーストラリア、ベルギー、イタリア、英国、米国など各国に滞在する機会を得て、自分の考え方に大きな影響を与えられました。初めて滞在したシンガポールや、続いて滞在したオーストラリアではそれぞれ独特な英語に戸惑いましたが、多民族国家ならではの文化や日本とは全く異なる自然環境を知ることができました。欧米での滞在は、その後の研究生活に大変役立っています。

ポスドク時代に滞在したシンガポール国立大学で(写真右は筆者)

海外に出ることで、日本のアイデンティティに気づく方は多いと思いますが、本当にその通りです。海外で日本では当たり前のことを話すと、逆にそんなことがあるのかと驚かれることも少なくありません。例えば、日本の鉄道では飲食できる一方で電話での会話は注意されますが海外ではその逆ですし、1分でも遅延すれば謝罪のアナウンスがありますが、海外ではそのような対応はありません。風邪をひいたときにも、くしゃみには「神のご加護を!」と気の毒がられる一方、咳には厳しい目を向けられ、ハンカチで鼻をかむのも初めての経験でした。食文化の違いも面白く、ベルギーのホームパーティーで巻き寿司と茶そばを出す際に、小皿の醤油と猪口のそばつゆを準備したところ、巻き寿司も醤油ではなくそばつゆにつけるので、自分でも試してみたところ、ドレッシング感覚で意外に美味しく食べられた思い出があります。

人間関係の距離感やコミュニケーション取り方も随分違うのだと実感しました。よく言われることですが、日本人には「言わなくても察してくれるだろう」という暗黙の了解や、周りに合わせる文化が浸透しています。一方、海外では往々にして、日本では言い過ぎじゃないかというぐらい自分の考えを口にしないと伝わらず、黙っているのは参加していないのと同じだということを各地で痛感しました。海外に出て日本の特殊性や独自性に気づき、異文化では自分がどんな振る舞いをすれば受け入れられるのか把握できたことが大きな経験になっています。

本学の学生たちにもそういった様々な違いや驚きを体験してもらいたいと、15年ほど前から学部間協定校の充実や短期留学プログラムの開発に尽力しました。当時、私が所属する農学部には、教員、研究室、学科単位での国際交流はあったものの、学部全体で学生を積極的に送り出す仕組みはありませんでした。そこで、お付き合いのあった海外の研究者や本学の先生方に協力していただき、タイ、台湾、ベルギー、イタリア、カナダ、米国、ニュージーランドなどの大学を訪問し、学部間協定や学生交流協定を締結することができました。
また、新たに立ち上げたタイの短期留学プログラム(現在は単位付与科目「国際農業文化理解(タイ)」)では、FAO(国連食糧農業機関)のアジア太平洋事務所長が本学農学部卒業生であったご縁もあり、タイと日本の学生で模擬国連を実施することができました。このプログラムでは、事前に設定した課題を解決するため、英語でのプレゼンテーションやディベートを通して交流することで、お互いの国のことも深く知ることができます。参加した学生たちは、最初は不安いっぱいでタイの学生とのコミュニケーションも探り探りですが、1日も経てば仲良くなって言葉の壁も一気に下がります。そうした経験をすると、その後の行動にも自信がつくことも、学生たちの変化から見てとれました。

今の学生は生まれた時からスマートフォンが当たり前で、情報収集やSNSでのコミュニケーションは世界と簡単につながることができます。効率よく海外の情報を得たり、英会話のスキルを上げたりするのはオンラインでもできます。しかし、その国の文化やバックグラウンドを知るには、実際に現地に行ってみて、対面で出会った人とふれあうことがとても大切です。自分の経験として身につくのは、他人のフィルターを通してから得られる情報よりも、現地で自分の五感から得られる感動や体験に勝るものはありません。社会人になって海外に出る時間を作るのが難しくなり、その大切さをより切実に感じていらっしゃる方も多いでしょう。時間と体力に余力があり、感性豊かで柔軟に吸収できる学生時代にこそ、リアルな異文化での体験を大切にしてもらえればと思います。

<「国際農業文化理解」>

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい