
人生のターニングポイント生命とは何か。思春期の哲学に答えをくれたのが、ゲノムの制御機構だった
教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【77】
私にとってのターニングポイントは、大きく二つあります。一つめは大学進学前にあるテレビ番組を見たこと、二つめは大腸菌のゲノム制御の研究に出会ったことです。これらの経験により、人生で取り組むべきことの方向性が定まり、突き詰めるための手段が見えてきました。
明治大学の付属高校に通っていた私は、当時、「何を学びたいか」ではなく「何学科を選ぶか」という視点で大学進学を考えていました。しかし3年生の冬頃、リチャード・ドーキンスの科学書『利己的な遺伝子』を特集したテレビ番組を見て、生命には原理があると知ったことが転機になったのです。もともと自分ってなんだろう、生命ってなんだろうっていうことに対して興味はあったのですが、「生命はDNAの乗り物である」というドーキンスの言葉に深く感銘を受けました。
自分はいったい何なのか。なぜ人は生まれ、死んでいくのか。思春期の小さな哲学に対し、ピタッと当てはまるのがサイエンスの世界だったのです。生命にはDNAや遺伝情報という確固たるものの継承があり、それによって、あらゆる生物たちは今その形質で生きている。そう知ったことで、「生命の本質を説明できるような何かを、人生のなかで成し遂げたい」という指針が生まれ、農学部へと進みました。
大学に入ってからは遺伝子や分子生物学などを学び、4年次からは学外の研究所に出向して共同研究を行うようになりました。そこで手がけたのが、ゲノムにある遺伝子を制御する因子の解析です。生物が遺伝子をどう利用しているか、どうしてその環境に適応できるのか。大腸菌をモデルに、生物が持つゲノムという全遺伝情報に対し、制御因子がどう働きかけているかの関係性を見ることは、生命体を包括して理解することにもつながっていく。そう気づいたとき、研究がさらに面白くなっていきました。
生物がなぜこういう仕組みを持っているのか。生物の合理性を自らの手で明らかにし、発表して受け入れられ、世に残していけるのは幸せなことです。論文は新規性や進捗性がなければ発表できないものですから、人類で初めて解き明かしたという証明を歴史に残せるというのも、自分にとって非常に大きなことでした。
僕にとって研究はライフワークです。人生において最終的に何が支えなるかといえば、自分自身が好きなこと、興味のあることだと思います。最初から何か賞を取ろうとか、お金を稼ごうとか、社会貢献を多くしようとか考え過ぎると、達成できなければ失敗になってしまう。しかし好きなことに失敗はなく、すべてが経験となり、やがては成功につながります。もちろん生活をしていくために働くことは必要ですが、生きていくうえでは、他人の評価に依存せず、自分にとって何が大事で何が幸せかを見定めることも大切なのではないでしょうか。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。