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ドイツの大統領の、歴史的名演説を読もう

清野 幾久子 清野 幾久子 明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授

ときに人生の指針となり、仕事のヒントとなり、コミュニケーションツールの一助となる「読書」。幅広い読書遍歴を誇る明治大学の教授陣が、これからの社会を担うビジネスパーソンに向けて選りすぐりの一冊をご紹介。

教授陣によるリレーコラム/40歳までに読んでおきたい本【39】

リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー『新版 荒れ野の40年―ヴァイツゼッカー大統領ドイツ終戦40周年記念演説』(永井清彦 訳/解説・岩波ブックレット ・2009年)

もう何年ぐらい前からでしょうか。各種試験の面接の時に、「尊敬する人」を聞かれた場合、「自分を育ててくれた両親」と答える学生さんが増えてきたのは。

私などの世代では、「あまりにも個人的なので、そう答えないように」と諭されたものですが、個人や私的生活を大切にするというふうに、時代は変わったということでしょうか。

本書は、当時の西ドイツのヴァイツゼッカー大統領が、1985年の5月8日(ドイツの無条件降伏の日)に行った世界的に有名な演説です。「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります」というこの演説の中の文句を聞いたことはありませんか?

この演説の後の1989年にベルリンの壁が崩れ、翌年、分断されていた東西ドイツは統一されました。ヴァイツゼッカー大統領は、この統一ドイツ初代大統領に就任しています。

ところで、ドイツの大統領の30年も前の演説が、現在の日本の私たちにどのような関係があるのでしょうか。

それは、周辺諸国との関係において、何度も問題がなげかけられ続けている現在の日本において、将来のために今、どう考えたらよいのか、どう行動していったらよいのかということについて議論があるからです。

ドイツはナチスの時代を経て、戦後敗戦国から出発し、厳しい戦後補償の問題にも直面しましたが、一つ一つ着実に問題を解決しながら過去を清算し、現在は、EUにおいて信頼される国という地位を得ているといってよいでしょう。

本書では、これからどういう風に国が歩み、政治を行っていけばよいかというときに、「過去を見なさい」、「歴史を顧みてしっかり考えなさい」と若者に訴えかけ、どうして今このような状態にあるのかを直視しないと前に進めないという話をしています。その結果、ドイツは直視して前に進み、現在があるのです。

ここに、私たちへの何らかのヒント、一つの考え方を見いだすこともできましょう。

一方、国も文化も違うし、内容が「難しい」のではないか、という心配もありましょう。

訳者の永井清彦さんによれば、ヴァイツゼッカー大統領は、「『次の選挙を考える政治屋(ポリティシャン)』ではない。『次の世代を考える政治家(ステイツマン)』」であるということです。

そのような大統領が、ドイツの「過去」の克服についてどのようにいっているのか。難しいのでは、という心配について一言つけ加えます。

ヴァイツゼッカー大統領の演説は、ドイツ文化や歴史、そして宗教を踏まえた非常に内容のある格調高い文章です。ヨーロッパの教養の歴史を感じさせます。そして、訳者である永井清彦さんの訳は、大変吟味された訳で、じっくり読むと意味がよくわかります。

さらにつけ加えると、本書は、新版として永井さんが訳の訳訂をなさったのですが、旧版と比べるととてもわかり易くなっています。

本書は、本文・註が30頁ですが、訳をされた永井清彦さんによる「解説―若い君への手紙」が32頁ありますので、そこで歴史的背景などがていねいに説明されています。おそらくみなさんは、この解説を読んで、ドイツの歴史や文化について学びたくなるでしょう。

今後の日本がどういう風に進んでいったらよいのかを考えるきっかけになる本だと思いますし、何より言葉に力があり、感動を得られるような世界の名演説ですので、教養としても読むことをおすすめします。

最後になりましたが、もし、「両親」以外で尊敬する人を聞かれたとすると、私はヴァイツゼッカー大統領をあげたいと思っています。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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