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暴力化する現代社会への歴史学からの提言 ―江戸時代から幕末の社会動向と吉田松陰の位置―

須田 努 須田 努 明治大学 情報コミュニケーション研究科長 情報コミュニケーション学部 教授

吉田松陰と社会の右傾化

 ――19世紀半ばに吉田松陰という人物が登場します。先生は松陰も研究対象としていますが、松陰と社会の暴力化にはどのような関連性があるのでしょうか。

江戸時代、徳川幕府は鎖国政策をとっていましたが異国人は来日していました。朝鮮人も多く訪れていました。当時の人々(為政者・知識人・民衆)が朝鮮人をどう見ていたかを調べると、両国の友好な関係が形成されたはずの江戸時代においても、人々は朝鮮人を見下していたことがわかってきました。神功皇后の三韓征伐も豊臣秀吉の朝鮮出兵も成功裡に終わったと信じていた当時の人々は「日本の武威に怖れをなした朝鮮、朝鮮人は軟弱である」と。そうした感情が底流にあり、明治期には「征韓論」が登場します。
この征韓論、すなわち「朝鮮を攻める」という考えは、遡ると松陰に行き着きます。松陰という人は思想家と見られていますが、実際は兵学者です。彼は、自己の考えを思想に高め普遍化する教養を持ち合わせていませんでした。ただ、危機意識は鮮明に持っていました。そして松陰は、自らを「狂夫」と言ったように、老中暗殺計画などの”行動”に打って出るのです。問題は、国が内側に多くの矛盾を抱えた時、国内の結束力を強め国力を回復させるために、「朝鮮を攻める」という松陰の言葉が示すように他国に国内の諸問題を転化するという発想が生まれることです。それは言うまでもなく、他国侵略であり暴力の発動にほかなりません。松陰は評価の振幅が激しい人物ですが、松陰が高く評価されることと社会の右傾化、すなわち社会の暴力化の進み具合とは軌を一にしているように思われます。

暴力化する幕末

 ――しかし、吉田松陰は討幕から明治維新に活躍した勤皇の志士たちの精神的指導者でもあったと思います。

討幕を表明して老中暗殺を企てたという事実がフレームアップされ、明治維新に功績があったように見られますが、実際はそう単純ではありません。松陰が行動していた安政という時代、幕府は巨大な存在であり、だれもこれを倒せるとは思っていません。老中暗殺計画にしても、弟子である高杉晋作や久坂玄瑞、桂小五郎などは同調せず、松陰を見捨てています。彼は孤独でした。
松陰死後、社会は討幕に向けて暴力化していきます。幕末は映画やドラマなどで度々取り上げられ、明治という新しい時代を生み出す躍動感を持って描かれる時代ですが、幕末は「暴力の時代」にほかなりません。身分制が崩れていく中で、下級武士・民・百姓にもチャンスの時代が到来しました。チャンスの時代とは自己主張ができ、将来の展望がうまれた時代でもあります。そしてここが肝心なのですが、最も簡単に自己主張できる途が暴力なのです。幕末、自分たちの行動を正当化するためにテロ、暴力が横行し多くの若者が死んでいきました。西周や福沢諭吉のように、学問という自己実現のもう一つの途がありましたが、自己主張を暴力に訴えるという流れを社会全体が止めることができなかったのです。
たしかに、幕藩体制が機能不全に陥り、時代に適合できなくなっていたことも事実で、これを倒すことは歴史の必然であったかもしれません。しかし、あまりにも多くの若者が、暴力の中で、無駄に死んでいったことも事実です。

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