
フランス語を話す北米の地域、ケベック。その文学は、英語圏に囲まれた環境のなかで独自の発展を遂げてきました。本稿では、「北米的現実をフランス語で語る」という特徴を手がかりに、ケベック文学の魅力と変遷をたどります。そして、「他者」という視点から、現代社会における共生のあり方についても考えていきます。
「北米的現実をフランス語で語る」ケベック文学の魅力
私は、カナダにあるフランス語圏の州、ケベック州の文学作品を主な研究対象としています。しばしば、学生から「ケベックとはどのようなところですか」と尋ねられますが、そのたびに私は「アメリカとフランスを足して二で割ったようなところです」と説明しています。
この表現は、ケベックの文化的な二重性を端的に示しています。カナダは17世紀にフランスの植民地となった後、イギリスの支配下に入った歴史を持ちます。一方では、北米大陸という広大な自然と社会環境の中で育まれた地域性があり、他方では、かつてフランス領であった歴史から言語のみならず思想・文化の面でもフランスの影響を色濃く受け継いでいる——この二つの要素が交差するところに、ケベックの独自性があります。
そのなかにおいて、ケベック文学の魅力は、まさに「北米的な現実をフランス語で語る」という点でしょう。「ケベックは英語の海に囲まれている」とよく言われますが、的確な比喩だと思います。周囲を英語圏に囲まれながらフランス語を話し続けるという選択には、常に政治的・文化的な緊張が伴ってきました。
実は、20世紀半ばまで、ケベックは「フランス系」という観念的な側面にこだわりすぎたあまり、北米大陸に生きるという現実そのものが十分に捉えられていませんでした。しかし20世紀後半以降、ケベック作家たちは、どのように自分たちが北米大陸の一部として過去や記憶、そして風景を共有することができるのか、つまりケベック社会と文化がもつ「アメリカ性」と呼ばれる性質に向き合いはじめます。
ここで言う「アメリカ性」とは、大量消費社会やアメリカンドリームといった合衆国的な文化を指すのではありません。ケベック社会が持つ複合性や混淆性、すなわち西欧からの移民によって形成された北米大陸という広い文脈のなかで、異なる文化や歴史が重なり合いながら自らの立ち位置を問い直すという営みを指す概念です。この問い直しこそが、ケベック文学の核心だと私は考えています。
そして、現代のケベック文学を読み解くうえで、私が欠かせないと考えるもうひとつのキーワードが、「他者」です。「他者」とは「自己」とは異なる存在であり、社会の中心的な価値観や規範の外側あるいは周縁に位置しながら、関係のなかで「自己」のあり方を照らし返す存在です。
20世紀中頃までのケベック社会は、カトリック教会を中心に、政治的にも文化的にも保守的な体制が長く維持されてきました。しかし、1960年代の「静かなる革命」と呼ばれる暴力を伴わない大規模な社会変革以降、近代化したケベックは外側へと大きく開かれていきます。
そのなかで、自らが属する集団や文化を「他者」的視点から見つめ直し、社会の周縁に意識を向ける現代ケベック文学もまた、本格的に成立していったのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
