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「苦手だった」作家で書いた博士論文
2026.07.08

研究の裏話「苦手だった」作家で書いた博士論文

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/研究の裏話【11】

研究を続けるなかで、実感したことがあります。それは、「苦手なものほど、やがて自分を深く引き込む」ということです。振り返ってみると、私にとって研究とは、好きな対象を追いかける営みであると同時に、むしろ「苦手なもの」と向き合い続けてきた記録でもあったように思います。

その一例が、博士論文で扱ったアンヌ・エベールでした。現代ケベック文学を代表する存在であり、いわば避けては通れない古典的作家です。もちろん名前は早くから知っていましたが、いざ作品を読んでみると、濃密で詩的な文体、イメージの海を泳いでいくような物語空間に戸惑い、正直なところ「難しい」「自分には合わない」という印象を抱いていました。

しかし、この作家を避けたままでは、ケベック文学そのものを十分に理解することはできない。そう考え、あるとき覚悟を決めて、真正面から向き合うことにしたのです。

最初は手探りでした。それでも粘り強く読み返していくうちに、不思議な感覚が芽生えてきました。エベールの作品世界は、まるで乾くことのない湧き水のように、語っても語りつくせない魅力に満ちていました。読解するたびに深淵に落ちていくような感覚を味わい、その虜になり、そして博士論文としてまとめるまでにいたりました。

読解とは、単にテキストを分析する作業ではありません。それは、作品の背後にある思考と向き合うことであり、また、それを読み取ろうとする自分自身と向き合うことでもあります。苦手意識を抱いていた対象に取り組む過程は、作家との対話であると同時に、自分自身の思考の癖や限界と向き合う時間でもありました。その経験は私にとって、非常に豊かなものでした。

このときの感覚は、その後の研究にも大きな影響を与えています。新たな作家や作品に出会ったとき、「難しそうだ」「自分には合わないかもしれない」と感じることは今でもあります。しかし、そうした違和感や抵抗感こそが、次の一歩を踏み出すきっかけになることを知っているのです。

自分なりに納得のいく論文が書けたと感じるとき、それは決まって、論文の中で自分自身との対話が成立しているときです。「好きだから書く」という一方向の動機だけでは、思考はどこかで行き詰まってしまうことがあります。むしろ、「苦手だ」「わからない」という感覚があるからこそ、問いが生まれ、思考が深まり、結果としてより厚みのある議論へとつながっていくのです。

こうした経験は、研究の世界に限られるものではないと思います。日々の仕事のなかでも、「なぜこんな苦手なことをやらなければならないのか」と感じる場面は少なくないでしょう。しかし、その「苦手さ」に向き合った経験こそが、自分の思考や視野を広げる契機になることがあります。

避けたくなる対象のなかにこそ、思いがけない発見や成長の可能性が潜んでいる。研究を通して、私はそのことを学びました。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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