
今日、英語は国際語として特別な地位を占めています。しかし、その英語もまた、かつては社会階層のなかで揺れ動く一言語にすぎませんでした。たとえば『カンタベリ物語』で知られるジェフリー・チョーサーが生きた14世紀のイングランドでは、三つの言語が併存し、それぞれが社会階層と結びついていました。そこからは、現代社会に潜む言語の序列や価値観を問い直すヒントが見つかります。
多様で奥深い「中英語」の世界
私の研究対象のひとつである中英語は、11世紀後半から15世紀後半頃まで用いられていた英語を指します。この時代の代表的な作家としては、『カンタベリ物語』で知られるジェフリー・チョーサーが挙げられます。チョーサーが生きた14世紀のロンドンでは、中英語のなかでも比較的、現代英語に近い形が使われていました。しかし、だからといって当時の英語が一様だったわけではありません。
中英語の時代はしばしば「方言の時代」と呼ばれます。いわゆる“標準語”がまだ成立しておらず、地域や書き手によって表記や語彙、言い回しに大きな違いが見られました。たとえばロンドン以外のイングランド北部や西部では、綴り字に強い方言的特徴が現れ、独特の語彙や文体が用いられています。研究者は、こうした差異を作品から丹念に読み解きながら、言語の変遷や地域性を探っていきます。
さらに、中英語は一つの時代区分であっても、その内部には時間的な幅があります。初期の中英語は、5世紀から11世紀中頃に使われていた古英語に近い要素を色濃く残しており、語彙や音の響きには同じゲルマン語派のドイツ語にも通じる特徴が見られます。しかし、チョーサーの時代になると、11世紀のノルマン征服以降に流入したフランス語の影響が顕著になり、語彙体系や発音などが大きく変化します。こうして英語は外来語を取り込みながら現在の形へと近づいていきました。
このように、中英語は時間軸と地理的広がりの両面で多様性に富んでいます。それゆえに研究は容易ではありませんが、同時にそこにこそ大きな魅力があります。言語の揺らぎや混交のなかに、当時の社会や文化の動きが鮮やかに映し出されるからです。
そもそも中世ヨーロッパでは、使用言語そのものが社会の階層構造を反映していました。後述するように、中世イングランドではラテン語、フランス語、英語という三言語が、それぞれ宗教、支配層、庶民といった階層と結びついていました。自分の意思で自由に言語を選ぶことはほとんどできず、生まれ育った環境がそのまま使用言語を規定していたのです。
この構図は、形を変えながら現代にも通じています。今日、英語を用いることが権威や国際性と結びつき、英語を使えない人や英語以外の言語に対する排他性が生まれることがあります。使用可能な言語に社会的威信があるかどうかが、個人や集団の立場に影響を及ぼしうるのです。
言語の歴史を学ぶことで明らかになるのは、言語は常に変化し続ける存在だという事実です。そこから、多様性と規範の関係も見えてきます。言語そのものは本来ニュートラルなものですが、それを使う人々の社会的・経済的地位によって色づけされます。
たとえば英語も日本語もマオリ語も、本質的には等価なはずです。しかし、社会的に優位な立場にある集団や国家が特定の言語を用いることで、あたかもその言語自体に力が備わっているかのように見えてしまうのです。
だからこそ、言語とその歴史を学ぶことは、単なるスキルの習得にとどまりません。それは社会の権力構造を理解し、多様性を尊重し、グローバルな視野を育むための知的基盤を築く重要な営みなのだと私は考えています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
