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AIで答えがわかる時代に、なぜ「遠回り」が必要なのか
2026.07.29

学びを加速させるアドバイスAIで答えがわかる時代に、なぜ「遠回り」が必要なのか

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/学びを加速させるアドバイス【35】

ニュートンの有名な言葉に、「もし私が他の人よりも遠くを見渡すことができたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからである」というものがあります。自分の研究がどれほど新しく見えても、それは先人たちが積み重ねてきた知のうえに、ほんの少し何かを加えているにすぎない。私はこの言葉に、学ぶことの本質がよく表れていると感じています。

いまは、必要な情報にすぐアクセスできる時代です。仕事のうえでも、新しい業界や制度、技術について知る必要が生じたとき、まず検索エンジンや生成AIを使うというのは、ごく自然なことだと思います。実際、それによって大まかな見通しを得られる場面は多いでしょう。私自身も、そうしたツールを否定するつもりはまったくありません。むしろ、うまく使えば非常に有益です。

ただ、そこに示された答えを、そのまま「理解」と呼んでよいかどうかは別問題です。以前、AIにある事柄を尋ねた際、もっともらしい回答が返ってきたにもかかわらず、どこか違和感を覚えたことがありました。そこで問い方を少しずつ変えながら確かめていくと、最初の回答が誤っていたことがわかりました。AIは非常に洗練された道具ですが、結局のところ、その答えを吟味するのは人間です。問いの立て方も、返ってきた内容の妥当性を判断する力も、使う側に求められます。

経済学では、基本的な原理そのものは比較的シンプルです。しかし、現実の経済現象は、その原理のうえに多くの条件や文脈が重なって成り立っています。だからこそ、個別の論点だけをつまみ食いしても、理解はなかなか深まりません。私のなかでは、基礎を学ぶことは「知識の地図」や「見取図」をつくることに近い感覚があります。地図があれば、新しく得た情報が全体のどこに位置づくのかが見える。地図がなければ、知識は点として増えていっても、互いに結びつかず、応用も利きにくくなります。

忙しいときほど、必要な部分だけを効率よく取り入れたくなるかもしれません。その気持ちはよくわかります。しかし、新しい分野に取り組むときほど、最初に入門書や新書のように、まず全体像をつかめる本に立ち返ることには意味があります。難しい専門書にすぐ進む必要はありません。まずは基本的な考え方の枠組みをつかむ。そのうえで必要に応じて深めていくほうが、結果的には理解が早く、しかも確かなものになります。簡単な本でもよいので、まず全体像を押さえることが大切なのです。

遠回りに見える学びが、実はもっとも効率的である。私は、便利なツールが発達した時代だからこそ、そのことの意味はむしろ大きくなっていると感じます。先人たちが築いてきた知のうえに立ちながら、自分のなかに一枚の地図をつくっていく。その過程を経てこそ、新しい情報も単なる「答え」ではなく、自分の判断を支える「知識」になっていくのではないでしょうか。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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