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2026.04.30

“真実”を欲する姿勢が弱まり続ける現代社会に警鐘を鳴らす、『スカートをはいたドン・キホーテ』

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周囲の意見に耳を傾けず、絶対に自身の思想や考えを曲げない大衆の物語

 “野蛮への後退”が始まった原因として、オルテガは「歴史的教養」を放棄した点を指摘します。その点を考えるうえで、ガルドスの書いた1872年~77年のスペインの首都マドリードを舞台にした都市小説『スカートをはいたドン・キホーテ』(1881年)は、非常に意味のある作品だといえるでしょう。

 同作では、自分が本当は貴族の娘なのだと信じ込んだ主人公イシドラが、自身の置かれた状況に決して満足せず、さまざまなブルジョアや貴族とも接触しながら、マドリードの街で足掻きながら生きる物語です。この小説の一番の特徴は、具体的な通りや地区名が細かく書かれ、読者がリアリティを感じられるように工夫されている点です。

 1868年の九月革命以降、身分に代わって金(かね)が価値の中心となり、いかに社会格差が拡大していったか、イシドラを通して当時の社会の実態がきめ細かく描写されます。第一共和政から軍事クーデター、王政復古の時代について、政治情勢を全面に出すのではなく、イシドラを家賃の異なる街区に住まわせ、さまざまな消費活動をさせることによって、あくまで民衆の視点から変容する日常生活が描かれているのです。

 それまで貴族やブルジョア、技術者や文学者を主人公とした小説はありましたが、『スカートをはいたドン・キホーテ』は、スペインで初めて民衆を主人公とした小説です。自身もいわゆるブルジョア階級だったガルドスは、1868年の九月革命を成し遂げたブルジョアジーを信頼していました。にもかかわらずブルジョアたちは貴族化し、なんら社会改革も行わず、自分たちの懐を肥やすことしかしませんでした。これに失望したガルドスは、民衆を主人公とした小説を執筆したわけです。

 イシドラは大衆の一人だったとも言えます。いくら周囲がアドバイスをしても、絶対に自分の思想や考えを揺るがせない。「自分が貴族でないと信じないなら、自分には生きている価値がない」と思い込み続けます。そのうえでブルジョアたちを嘲笑うような生き方をし、同じ民衆であるプロレタリアートには「なんでそんなに汗水垂らして働いているの?」と蔑みの目を向け自由に生きるのです。その生き様の是非ついては読者に委ねられていますが、大衆の愚かさをあぶり出したことは間違いありません。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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