影響工作に対抗するためのクリティカルシンキング
では、こうした影響工作に、私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか。
デジタル影響工作を仕掛ける側は、認知特性を分析した上で実施しているので、個人レベルで防ぐのは難しいのですが、その存在や手口について知ることで、ある程度の予防はできます。いわば、心理的な「ワクチン接種」です。
まず意識すべきは、私たちが日々利用しているSNSなどインターネット空間そのものが情報戦の舞台になっているという現実です。X(旧Twitter)をはじめとするSNSでは、ハッシュタグやリツイートを通じて情報が瞬時に拡散します。こうした即時性の高い環境では、一つの投稿や画像が短時間で世論を左右することもあります。
さらに、SNSの情報はプラットフォーム独自のアルゴリズムに基づいて拡散されるため、そこには構造的なバイアスが生じます。多くのプラットフォームには「ユーザーの注意を引きつける設計」が組み込まれており、その結果として、怒りの感情や過激な意見が拡散されやすい仕組みになっているのです。特定のナラティブやプロパガンダが、インフルエンサーやbotを介して一気に広がる危険性は軽視できません。
加えて、SNS広告の高度なターゲティング技術は、情報の到達精度と効果を飛躍的に高めています。私たちが閲覧履歴や興味関心を通じて無意識のうちに選別され、多くの人が気付かないまま、特定の思想や感情に誘導されている可能性があることを忘れてはなりません。インターネット広告が巨大産業となった背景には、こうした認知の最適化技術が密接に関わっているのです。
このような環境のなかで、私たち一人ひとりに求められるのが、クリティカルシンキング(批判的思考)です。私たちが「当たり前」と信じていることの多くは、実は社会が共有してきた認識の上に築かれています。たとえば、自由民主主義が世界の標準であり、最も合理的な統治システムだと考えるのは、日本人にとって自然な感覚かもしれません。しかし、世界を見渡せば、ロシアのように権威主義的な国家もあれば、宗教的原理に基づく政治体制を持つ国も存在します。
私たちは、蛇口をひねれば水が出るように「自由主義や民主主義は当たり前のもの」と考えがちですが、実際にはそれもまた「共同主観的現実」という土台の上に成り立っているにすぎません。その土台が揺らぐとき、社会の結束は脆くも崩れ、内外からのナラティブが人々の心を分断していくのです。
デジタルプラットフォームの発展によって、誰もが意見を発信し、影響を与えられる時代になりました。これは民主主義の深化と同時に、社会の基盤を脆弱化させるリスクもはらんでいます。情報流通の自由と安全のバランスをどう保つか――それが今、私たち全員に突きつけられた課題です。
サイバーセキュリティの観点から言えば、社会は常にアップデートされ続けなければなりません。大量に流通するナラティブに対して無防備であっては、自由民主主義というシステムは健全に保持できないのです。脆弱なプログラムコードに修正パッチを当てるように、情報を扱う人間も自らをアップデートし、あふれる情報やナラティブに対して批判的な目を持ち続ける必要があります。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
