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2026.01.29

AIとSNSが書き換える“現実”──自由民主主義を脅かすデジタル影響工作とは

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「移民流入の不安」を煽る“ナラティブ”の狙いとは

 外国による影響工作の代表的な事例として、2016年のアメリカ大統領選挙が挙げられます。米国の複数の政府機関(ODNI、CIA、FBI 、NSA)が2017年に公表した共同報告書には、「ロシアのプーチン大統領が16年の米大統領選を対象とした影響工作を指示した」と評価する記述があります。これは、国家主導のデジタル影響工作が現実の政治結果に結びついた象徴的な事件でした。

 その主な手口として、ロシアはまず民主党全国委員会(DNC)の選挙対策本部を標的にしたサイバー攻撃(フィッシング)を行い、電子メールを窃取しました。その後、流出したメールをネット上で暴露するなどして、SNSを通じた偽情報キャンペーンを展開しました。これにより、民主党候補ヒラリー・クリントン氏への不信感が煽られ、当初劣勢とみられていた共和党候補ドナルド・トランプ氏への支持が後押しされたとされています。結果として、この情報操作は「成功したプロジェクト」として広く認識されることになりました。

 この一連の活動は「プロジェクト・ラフタ(Lakhta)」と呼ばれています。目的の詳細はロシア政府にしか知り得ませんが、トランプ氏の当選やアメリカ社会の分断が進むことはロシア政府にとっての地政学的利益と一致しています。つまり、ロシア政府は、米国内の分断(保守層とリベラル層)を生み出し、選挙制度への信頼を損なうことで、自国の影響力を相対的に高めようとしていると考えられるのです。

 このような戦略は、2022年以降のウクライナ侵攻でも顕著に見られます。ロシア政府はSNSなどネットを利用して偽情報や誤情報を大量に拡散し、ウクライナ国民の士気を削ぐとともに、国際社会の分断化を狙いました。その影響は日本にも及び、「ウクライナ支援は日本の安全保障リスクを高める」といったナラティブがネット上で拡散され、世論を揺さぶる要因のひとつとなりました。

 さらにロシア政府は生成AIを活用し、親ロシア的なメッセージを自動生成・拡散しているとされています。ウクライナのゼレンスキー大統領が「戦争の終結」を宣言する偽動画がディープフェイク技術によって作成され、ネット上に拡散されたことはその象徴的な例です。視覚や音声のリアリティを武器にした情報操作は真偽の判断を一層難しくしています。

 また、「オペレーション・ドッペルゲンガー」と呼ばれるデジタル影響工作では、NATO加盟国を中心に、現地語に翻訳されたプロパガンダが展開されました。ドイツ、フランス、イギリスなどでは主要メディアのウェブサイトを模倣した“偽サイト”が少なくとも17件確認され、そこにロシア寄りの報道やウクライナ支援を弱体化させる記事が掲載されていました。こうしたサイトの情報がSNS上でbotによって自動的に拡散されていたことが確認できます。

 もともと歴史的に旧ソビエト時代からロシアは、欧州諸国や米国に対して、アクティブメージャーとも呼ばれる情報工作を仕掛けてきましたが、現在、ウクライナ支援を掲げるNATO諸国には、移民問題や経済格差などによって国内世論が不安定化している国も少なくありません。ロシア政府はそこに付け込んで「移民問題やウクライナ支援が国を危うくする」といった不安を煽るナラティブを浸透させ、人々の分断化を深め、ウクライナ支援の優先度を下げさせようとしていると専門家は分析しています。

 つまり、ロシア政府の狙いは、単に「偽情報を拡散すること」ではありません。人々が共有する認知そのもの、すなわち「共同主観的現実」を揺さぶり、社会の分断化を深めるなどして政治体制の基盤を内部から崩し、その結果ロシア政府の戦略に利することこそが、その真の目的だと考えられているのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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