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2025.07.24

司法のDXは誰のため?——民事訴訟のデジタル化とその課題

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デジタル化で裁判の「満足感」が下がる?

 デジタル化の最大の課題は、オンラインでの口頭弁論や弁論準備手続等が行われる場合、対面でのやりとりに比べて情報の伝達の質が下がる可能性があるという点でしょう。

 たとえば、対面では見えていた細かい表情や仕草がオンライン会議では不明瞭となったり、画面に写っていないところで第三者が指示を出している可能性も否定できません。このような質の問題は、裁判の公正性に影響を与える重大な課題です。

 また、オンラインにおけるセキュリティの問題もあります。たとえば、オンラインで書類をやりとりする際に、コンピューターウイルスが混入する危険性を考慮しなければなりません。

 実際にドイツでは、2019年10月にベルリン高等裁判所でサーバーがダウンし、電子的な法的コミュニケーションが数か月にわたり利用できなくなるという事件が起きました。この事件は、経済スパイ目的で作成されたウイルスにUSBメモリーを通じて感染したとされています。各裁判所におけるセキュリティの確立は、緊急かつ重要な問題です。

 また、デジタル化は単なる法律の条文が変わるだけでなく、連絡にインターネット技術が使える以上の影響をもたらすことになります。それは、民事裁判手続における基本的な理論や運用のあり方そのものを問い直す契機にもなるかもしれません。

 というのは、これまでの民事裁判手続では、人と人とが対面で書面を利用して行うことを前提として、手続の概念や手続を運用する理論が構築されていたからです。

 たとえば、裁判では「口頭主義」といって、書面ではなく実際に口頭で述べた内容が正式な訴訟資料とされる原則があります。これは識字率が低かった時代の裁判の伝統に基づくもので、今日でも裁判所では口頭による発言が重視されています。

 しかし、裁判のデジタル化を進めていく上で、電子化して提出・受理された書類をわざわざオンライン会議等で読み上げることに、はたしてどれほどの意味があるのでしょうか。これを機にいま一度、口頭主義の原則の存在意義を考えてみてもよいのかもしれません。

 また、訴訟当事者が代理人をつけずに行う本人訴訟においては、裁判官が当事者の話をよく聞いてくれたという体験が、裁判に対する「満足感」をもたらす重要な要素となっています。これが、たとえ敗訴であってもそれを甘受する理由になるとも考えられます。

 逆に言えば、望み通りの判決が出たとしても、裁判官や訴訟の相手が自分としっかり向き合ってくれないと、どうしても腑に落ちない気持ちが残ることがあるのです。デジタル化によって効率が高まる一方で、こうした、利用者の感情面への配慮も裁判の一部として重視されるべきでしょう。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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