
少子化による労働人口の減少、働き改革、物価上昇など、深刻化する経済環境の中で、労働生産性の向上は日本企業にとって喫緊の課題です。本記事では、「多能工/マルチタスク」をキーワードとし、具体的な計算式を参照しながら、トヨタ自動車や星野リゾートなどが実践する労働生産性向上の成功例を紐解きます。
労働生産性の向上への社会的ニーズの高まり
私の専門は管理会計で、特にコストマネジメント(原価管理)を中心に研究してきました。企業が利益を上げるには、売上だけでなくコストを抑えることが不可欠です。たとえばトヨタ自動車は2024年3月期に5兆円もの連結営業利益を生み出していますが、これはコスト低減の努力があってこそ可能です。
製造現場におけるコスト削減(原価改善)は、生産性向上と密接に関連しています。同じ設備で1単位当たりのコストを引き下げるには生産量を増やすことが求められますが、現在の日本経済は少子化や物価上昇、円安基調などさまざまな課題を抱えており、企業にとっては労働生産性の向上が急務となっています。
労働生産性とは、従業員1人当たり(あるいは1時間当たり)の付加価値額を数値化したもので、「付加価値額÷平均従業員数」で計算されます。付加価値額とは、「総生産高−前給付費用(原材料費や燃料費など前の段階の企業からの購入分に、減価償却費を加えて算出します。なお減価償却費を加えないこともあります。)」で求められる企業活動によって新たに生み出された価値を指します。
現在、労働人口が減少する一方、働き方改革による労働時間短縮や固定費の上昇といった要因が、労働生産性向上への社会的ニーズをさらに高めています。企業が利益を上げ続けるには、従業員1人当たりの生産効率を高めることが不可欠であり、これは日本社会全体の持続可能性のためにも重要です。
さて、労働生産性は「1人当たり売上高(売上高÷平均従業員数)」×「付加価値率(付加価値額÷売上高)」と分解して分析することもできます。
まず、「1人当たり売上高」を高める方法としては、売上高を変えないまま従業員数を減らすか、従業員数を維持したまま売上高を増やすか、両者を同時に実現するほかありません。しかし、従業員数を減らすことは解雇につながり、売上高の増大を目指さない企業姿勢は経済成長の停滞を招きます。したがって、現在求められるのは従業員数を維持したまま売上高を増やす方向性でしょう。
これを実現させる手段として、私が考えるのが「多能工化/マルチタスク化」です。多能工化は、1人の従業員が複数の業務をこなすスキルを習得することで、生産性を向上させる取り組みを指します。これにより、1単位当たりの製品やサービスにかかる固定費を引き下げることができ、価格競争力の強化にもつながります。
製造業ではトヨタ自動車が他に先駆けて多能工化を進めましたが、マルチタスク化は他業種でも大きな可能性を秘めています。たとえば近年、北米進出を打ち出して話題になったホテル大手の星野リゾートは、宿泊業において従業員のマルチタスクを導入して成功した好例と言えるでしょう。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。