湿地景観に見る自然の複雑性
色々なタイプの山岳湿地が今後の気候変動に対してどのように応答するのかは、過去の気候変動と湿地の形成時期との関係から、ある程度わかるのではないかと考えています。そして、過去の状況は、湿地の堆積物を読み解くことで明らかにすることができます。
たとえば、日本の多雪地域では、雪にまつわる湿原の形成時期は、おおよそ1万1000年〜7000年前に集中していると指摘されていて、私が研究してきた奥羽山脈の湿地に関しても、年代についてこの指摘と整合的な結果が出ています。
1万1000年前というのは、最近で最も寒かった「最終氷期」の末期の「晩氷期」と呼ばれる時期で、7000年前は最も温暖だった「完新世の最温暖期(ヒプシサーマル)」という時期です。つまり、寒冷から温暖へと移り変わる時期に、現在の気候と同程度に多雪化したことと湿地の形成とが関係していると考えられています。
そして、湿原の堆積物を詳しく観察すると、深さに応じて有機物量が増えたり減ったりしているものもあります。これは数百年から数千年程度の気候変動に応答して湿原が拡大・縮小を繰り返したことを示していると推測できます。
また、気候変動にも大きな変化と小さな変化がありますので、長期間にわたって湿地が維持されているということは、その間に生じた気候変化のレベルでは影響は受けにくいだろうということになるのです。
現在、私たちが取り組んでいる研究では、奥羽山脈だけでなく、日本全国の第四紀火山に対象地域を拡大しています。70程度の火山をピックアップして、それぞれの空中写真や地形データを確認しながら、湿地の立地などを調べているところです。
最終的には、山岳湿地の成立環境を地形、気温、積雪、降水量などの説明因子を用いて解析して山岳湿地の類型化を行い、さらに複数の時空間スケールで湿地の変動(出現、消滅、面積縮小)の気候への応答性を類型化したタイプごとに解明するのが目標です。
湿地は本当に複雑な自然のバランスによって成り立っています。私はもともと山が好きで火山に関わる湿地の研究を始めましたが、みなさんも山歩きをしていて湿地を見つけたら、地図を広げたり、周囲の景観を眺めたりして、どうしてその湿地が形成されたのか、その湿地未来はどうなっていくのかといった謎に、ぜひ思いを巡らせてみてほしいと思います。
地球温暖化についても、日々のニュースで言われる内容をそのままインプットするよりかは、やはり自然に直接触れて感じることこそが、物事を考える上で大切ではないでしょうか。私の研究によって、自然の複雑性を理解したいという気持ちがいろいろな人に芽生えてくれたら嬉しいです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。