深層強化学習と慣性力を利用したダンパの開発
いま、私たちが取り組んでいる研究テーマのひとつが、深層強化学習によるコンピュータを用いてダンパをコントロールして、振動をより効果的に抑える装置です。
例えば、車に使うダンパは、路面状況は様々なので、そのときの振動に応じた最適な減衰力を発揮できれば、乗り心地はより良くなります。また、ひとくちに地震と言っても、縦揺れや横揺れがあったり、強い力が一気にくるものや、弱い力が続くものなど、性質は様々です。
そこで、例えば、先に述べたようなダンパの筒の先の弁の調整をコンピュータによって制御し、振動の性質に応じた最適な減衰力を得ることを目指しています。
もちろん、ダンパの開発にあたって、すでにコンピュータは利用されています。しかし、そこに深層強化学習を取り入れると、様々な状況に応じた、より最適な答えを得られるのではないかと考えています。
また、この研究は、私たちのもうひとつの研究テーマである、慣性質量を変化させるダンパの研究にも繋がっています。これは、慣性力を振動の減衰に利用できないか、という発想から始まっています。
慣性力とは一般にはあまり聞き慣れない言葉だと思いますが、その現象はだれでも体験したことがあると思います。
例えば、電車に乗っているとき、電車が加速すると、進行方向とは逆の方向に身体が傾きます。電車がブレーキをかけると、今度は進行方向に身体が傾きます。
このとき、人は、電車の加速や減速に応じて逆の方向に力を受けているように感じると思います。でも、なんらかのものが人を押しているわけではありません。つまり、人は、電車の加速や減速に応じて、「見かけの力」を感じているのです。これが慣性力です。
そして、この見かけの力とは、見かけの重さでもあります。
例えば、水を張った鍋があります。水面がフラットの状態のとき、つまり、水が静止した状態のときは、この鍋を回すのにそれほど力はいりません。しかし、水が高速回転をして、鍋の縁の方に盛り上がっているような状態のとき、この鍋を回そうとすると、鍋が重くて回すのに大きな力が必要になるのです。
しかし、鍋の中の水の量が変わったわけではありません。つまり、鍋の実際の重量が変わったわけではないのに、水が高速回転したことによって感じられる、見かけの重さが増したのです。
この鍋の回しにくさを慣性モーメントと言います。すなわち、ここでも慣性力の見かけの力が働き、鍋に見かけの重さが加わるのです。
私たちは、この見かけの重さを振動の減衰に利用できないかと考えているのです。
例えば、揺れが伝わるとき、重いものと軽いものでは伝わり方が異なります。すると、平時は軽い方が便利なものでも、振動が来たときには瞬時に重くなって揺れの伝わりを変えたり、揺れを吸収できないか、という発想です。
そして、この、瞬時の重さのコントロールに、深層強化学習をしたコンピュータを活用しようと考えているのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。