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国が「してくれないこと」はあきらめるしかないのか?

清水 晶紀 清水 晶紀 明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授

行政を不作為に逃げ込ませないための法制度が必要

 アメリカでは、例えば、行政が本来すべき規制を行っていない場合、規制を実施するように市民が申立をする制度があります。申立があると、行政側は、規制をしていない明確な理由を公表することが義務づけられます。

 すると、リソース不足を理由にする場合が多いのです。そこで、本当にリソース不足が原因であるのかについても行政側が立証するべき、という議論が盛んになっています。実は、リソース不足を立証することは、行政側にとっても難しいことなのです。

 その背景には、立証できないようなことを言い訳にさせない、という発想があると思います。それによって、市民に有益な方向に行政を誘導する、という法制度設計です。

 この点、日本においても、行政手続法により、市民が行政側に対して申立をする制度が整えられました。しかし、そこでは、市民の申立に対して行政側が応答することまでは義務づけられていません。

 要は、申立は市民からの情報収集の一環で、それをどう活用するかは行政側に任せられているという考え方です。

 でも、これでは、市民の声を本当に届けるためには、行政を相手取って訴訟を起こすしかありません。しかし、市民にとって裁判を起こす経済的、時間的、精神的負担は大きいですし、さらには、先に述べた立証負担の問題もあり、市民側の勝訴率は非常に低いのが実情なのです。

 そうすると、やはり、日本でも、訴訟になる前の段階で、市民側の申立に対して行政側がきちんと応答し、その内容の立証責任を負う、という法整備が必要になるのではないでしょうか。

 もちろん、アメリカのやり方を真似ればすべて上手くいくというわけではありません。

 そもそも、日本法の基本的な考え方は、行政が規制しすぎることをコントロールするという発想です。すなわち、行政が暴走して市民の権利侵害を引き起こさないようにしたいわけです。

 例えば、2021年の夏に熱海市で豪雨によって土砂災害が起きましたが、その原因は、民間の不動産業者が事前に届け出た計画とは異なる盛土を行ったためであると言われています。

 熱海市側は不動産業者に対して違反となる盛土をやめるように再三要請したようですが、不動産業者は従わなかったといいます。そして、豪雨によって盛土が崩れ、死者を出す災害になりました。

 この結果だけを見れば、熱海市側はもっと強い規制をするべきだったと言えそうです。国民の生命や健康を守ることは、国や自治体にとって、間違いなく最重要任務ですから、それが危険にさらされるような行為は規制しなくてはなりません。

 他方で、規制される側からすると、自分の所有地で行う行為を規制するのは権利侵害ではないか、という発想にもなるわけです。熱海市側にも、民間の活動を強引に規制するのは問題がある、という意識があったのかもしれません。

 結局、そこをどうバランス良く調整していくか、という発想が、日本の法制度にはあるのです。市民の申立を一意見として収集し、全体の状況の中で臨機応変に対応するという制度設計も、その具体化と言えるでしょう。

 とはいえ、それは、市民の申立を行政が黙殺しても良いということでは決してありません。むしろ、制度設計の趣旨からしても、市民の申立を黙殺して不作為に逃げ込む状況が続くのであれば、市民の申立に対して、それを実施する、しないという理由をきちんと公表する制度を導入するべきなのです。

 最後になりますが、事故や災害の背景にこうした問題があるとしても、それは被害者、被災者だけの問題と、私たちは思いがちです。

 しかし、福島原発事故の例を見ても明らかなように、行政の不作為を正当化するということは、国民全体の生活に多大な影響を及ぼす可能性もあります。

 こうした問題を良い方向に導くために、どういった制度設計を行っていくのが良いのか、それは政治の仕事でもありますが、現代社会の構成員として、私たちひとりひとりが関心をもって考えていくことが、とても重要なのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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