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里山の生物多様性を持続させるために必要なことは

倉本 宣 倉本 宣 明治大学 農学部 教授

人が手を加えたことによってできた「豊かな自然」もある

 市民の暮らしが里山から離れて、里山を使っていた時代の記憶が薄れた昭和の終わりから、公共の場や目立つ場所の樹木の伐採に対して強い反対が行われるようになりました。

 前の東京オリンピックの準備から樹木は植栽時に見栄えのする大きさのものが植えられるようになりました。そのため、しばらくすると過密になってしまいます。過密なので一部を伐採して間引けばよいのですが、木がかわいそうだという苦情があります。伐採しないためには強く剪定してその樹種の樹形を壊してしまうことになります。しかも、費用は伐採よりも剪定の方がずっと高く、しかも伐採は1回で済みますが剪定はくりかえし必要です。

 丘陵地の大規模な公園における雑木林を維持するための小面積皆伐更新に対しても、ヤマザクラを伐採してはいけないという苦情がありました。ヤマザクラの樹形は根元から幹が分かれた株立ちでコナラと同じです。この樹形からヤマザクラも雑木林の一部としてくりかえし伐採されひこばえが再生してきたことがわかります。さらに、ヤマザクラは大きな樹冠を作るので谷戸の水田を日陰にしてしまい、農業に必要な光環境を維持できなくしてしまいます。

 それは、暮らしとは切れてしまった樹木愛護の精神によるものだと思います。私たちには生きている者同士の連帯感のようなものがあって、樹木にも連帯感を持ち、まして長く生きてきて大きな樹木には尊敬の念を抱くものです。

 武蔵野の雑木林は江戸時代の初期に新田開発によって農家と農地と雑木林がセットになってつくられたものです。材は薪や炭として、落ち葉は農地の肥料として欠かせないものであり、300年以上にわたって、農用林として活用されてきました。その前は、草原だったと考えられています。草原を林に変える過程で優占したのがコナラだと考えられています。

 持続可能な土地利用として評価されるようになった里山は、雑木林と農地と農家を主とし、ススキ草原や背の低い草原もあるような生態系の複合体であり、持続性をもたらしていたのは農家による植物の利用だったのです。

 そのような利用を暮らしの中で体験していない市民にとっては、樹木の伐採は悪いことと感じられるのも当然でしょう。緑化の際に、雑木林を創るようにお願いしたところ、近くの崖線の公園の雑木林を指して、「とんでもない、雑木林というのは原生林でしょう」というお返事をいただきました。素直に、現在の雑木林を見れば、原生林に見えるのです。

 生物多様性が豊かな雑木林は昭和40年代くらいまでの明るい雑木林です。里山が見直されるようになった理由も生物多様性が高いことが認識されたことによります。

 数年前に、林学者によって「森林飽和」という本が出版されました。いま、河川の中流域などで礫河原が激減するという現象が起きています。例えば、私がフィールドワークを行っている多摩川の中流の河原は、1960年頃は、石がゴロゴロしている礫河原でした。ところが、高度経済成長期にコンクリートの骨材にするために河原の石は大量に採取され、また、上流からの土砂の供給が激減したために、いまでは河原の大部分が林に変わっています。

 当然、生態系に変化が起こり、きれいな花を咲かせていたカワラハハコやカワラノギクなどの植物は希少になり、青い後翅が美しいカワラバッタも絶滅危惧種になっています。

 上流からの土砂の供給がなくなったのは、山が森林で覆われたからです。つまり、我々が行った植林の結果です。

 それは、治水の観点から見れば効果的なことですが、逆に、もともとあった日本の自然の姿を失わせることにもなっているのです。

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