アメリカでは1969年から始まっていた肥満差別をなくす運動
肥満問題のこうした側面に早くから目を向けたのが、アメリカで起こったファット・アクセプタンス運動です。それは、肥満に対する偏見や差別をなくし、人には様々な体型があることを認め、受け入れよう、という市民運動で、1969年から活動が始まっています。
しかし、当初はフェミニズム運動などと連帯したり、ゲイの解放運動やLGBT運動、近年では、クィアムーブメントや、ブラック・ライブス・マターなどと連帯する動きもありますが、上手く発展してきたとは言えません。
ジェンダー問題や人種差別問題などと異なり、肥満は社会の問題ではなく、むしろ自己管理の問題、自己責任であると捉えられることが多かったからです。
また、医療や公衆衛生の発展も大きいと思います。当初、病理的なものと捉えられていた同性愛が、ひとつの性的な指向と認識されるようになり、いわば市民権を獲得してきたのとは反対に、太ることは健康リスクを高めるという情報発信が増え、そうした認識が社会に広がっていきました。
もちろん、そこには一定のエビデンスがあるのですが、あらゆる人々に共通の規範とされていくことで、そこから外れた肥満に対する偏見や差別が助長される側面もあったと思います。
また、近年では、プラスサイズの体型をネガティブに捉えるのではなく、ポジティブに捉えようというボディ・ポジティブ運動が盛んになっています。
これは、ファット・アクセプタンス運動と似ていますが、その始まりは、あまりにもスレンダーな女性モデルを起用することに対する批判をかわそうとした女性下着メーカーなどの企業による仕掛けという一面もあり、もちろんトレンドにはなりつつありますが、ファット・アクセプタンス運動とは一線を画していると思います。
例えば、ボディ・ポジティブ運動では、ポジティブに捉える体型の許容サイズがあり、すべての体型、つまり、とても太った人までを対象にしているわけではない、と私の知り合いのファット・アクティビストは言います。
このように、市民運動の盛んなアメリカでも、ファット・アクセプタンス運動が正しく理解され、発展してきたとは言い難いのです。
例えば、皆さんも、「最近、太ったんじゃない」とか、「太るからこれを食べてはダメ」とか、「健康のためにはあと○㎏痩せた方が良い」などと言われ、嫌な気分になったり、傷ついた経験はないでしょうか。
言う方は、あなたの健康のことを考えて助言してくれたのだと思います。でも、それがあなたを不快にさせたり傷つけるのは、あなたを社会の常識や規範から外れた人、あるいは、規範を守れない自己管理のできない人と見なし、そうした規範を押しつけてくるように感じられたからでしょう。
それを悪気もなく言っている人は、そもそも、その規範とは、本当に誰にでも当てはまる規定なのか、その外に本当に選択肢はないのか、そうした思考が停止しているのです。そうした思考が必要であることを、ファット・アクセプタンス運動は考えさせてくれます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。