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行動経済学によって人は自由になる? 従属的になる?

後藤 晶 後藤 晶 明治大学 情報コミュニケーション学部 専任講師

ナッジの課題はみんなで考えることが必要

 一方で、懸念もあります。ナッジの重要な考え方のひとつは、人を金銭的なインセンティブで動かさない、ということです。

 報奨金などの効果によって人を動かすことは、報奨金のインフレを招いたり、報奨金がなくなれば行動も止まる、ということが往々にしてあります。人の自由な意思決定による行動を導く、というナッジの基本的な考え方から逸脱するわけです。

 しかし、そうしたナッジの考え方を逆手に取って、本来用意されるべきインセンティブをなくしたり、少なくしたりするような弊害もあるかもしれません。

 例えば、このコロナ禍で行われている時短要請の給付金は十分でしょうか。多くの飲食店は、要請に応じないことによる非難やバッシングを避けるために応じているのかもしれません。

 つまり、自由意志ではなく、外部からのプレッシャーによって強制的に時短の行動をとらされているのであれば、それもまた、ナッジの基本的な考え方にそぐわないわけです。

 この問題は簡単に答えが出るものではないと思いますが、考えていかなければいけない問題です。

 ナッジは基本的に、リバタリアン・パターナリズムと言われる立場をとっています。これは、個人の選択の自由を阻害せずに「より良い結果」に導く考え方のことです。リバタリアニズムとは個人の自由な選択を重要視する考え方であり、パターナリズムとは一方が、他方の利益のために選択に干渉することで、一般的にはこのふたつは対立する概念です。

 例えば、災害時の避難の例でも、避難を促したい行政に対して、避難を拒む個人の自由もあります。場合によっては、避難することの方が危険だと評価する人もいます。避難所では個人の自由が制限され、それが苦痛になる人もいると思います。

 しかし、そうした自由や苦痛を、生命に関わるリスクより過大に評価することは、行政にはできないでしょう。

 その結果、避難しないことは、あなたの命だけでなく、周りの命も危険にさらすことになる、というメッセージは、避難を自由意志で選択してもらうように促す、苦肉の策と言えるかもしれません。

 リバタリアニズムと言いながら、自由に意思決定していると「思わせている」という側面もないとは言い切れません。しかし、実は残酷なことなのかもしれません。パターナリズムが、社会をより良くする選択に導くことであっても、そのより良い社会とは誰にとって良い社会であるのでしょうか、はたまた市民ひとりひとりにとって、それは本当に良い社会なのでしょうか。

 ナッジには、まだまだ突き詰めなくてはならない課題があると思います。しかし、これは簡単に解決がつく問題ではなく、私たち市民も含めて、みんなで考え、議論していかなければいけない問題でもあります。

 ナッジの考え方は、今後、マーケティングや会社組織づくりに限らず、私たちの日常生活の身近なところにどんどん活用が進んでいくと思います。そのとき、私たちは、いま挙げたような課題を踏まえつつ、その運用に注意することが重要になります。

 ナッジのその取り組みがなにを目指しているのか、ということに常に関心をもつことが、私たちの本当の自由な意思決定に繋がっていくことになるでしょう。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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