刷子細胞によって期待される、肥満やアレルギー性疾患の新たな治療法
細胞は必要なタンパク質をつくるとき、メッセンジャーRNAを転写します。このとき転写を制御するのが転写因子です。
マウスを使い、この転写因子のひとつであるSkn-1aを欠損させると、消化管の刷子細胞も完全に消失することがわかりました。
そこで、この刷子細胞のないマウスと、通常のマウスに同じように餌を与えていると、通常のマウスは正常に成長し、体重も増えますが、刷子細胞のないマウスは体重が増えず、成長も抑えられてしまうのです。
さらに、高脂肪食を与えると、通常のマウスはどんどん太りますが、刷子細胞のないマウスは、それでも体重が増えないのです。
どういう仕組みでそうなるのか、実は、まだ完全にはわかっていません。実は、刷子細胞のないマウスの代謝エネルギーが、通常のマウスよりも増えていることはわかりました。
ところが、運動量に差はなく、また、マウスの体温は直腸で測るのですが、そこでも差は見られないのです。しかし、代謝エネルギーの差が、体重が増えないことに関係していることは明らかだと思います。
そこで、消費エネルギーを上昇させるホルモンを調べたところ、血清中甲状腺ホルモンに変化は見られませんでしたが、カテコールアミンの尿中分泌量が、刷子細胞のないマウスでは増えていることがわかりました。
カテコールアミンとは、ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリンの総称です。すなわち、快の感情や意欲などに関わるホルモンです。
このカテコールアミンが増えたことで、脂肪分解の亢進、肝臓のケトン体の上昇、筋肉の熱産生の増加、膵臓のインスリンの低下に繋がり、その結果、消費エネルギーが上昇し、体重の増加が抑えられたと思われます。
この仕組みをさらに解明すれば、メタボリックシンドロームをはじめとした肥満や、糖尿病の新たな治療法の開発に繋がる可能性があると思います。
もうひとつ、期待できるのがアレルギー性疾患の治療です。例えば、近年、アレルギー性疾患が増えたのは、生活環境がきれいになりすぎて、寄生虫がいなくなったからだという衛生仮説があります。
実は、人の免疫に関わる細胞には、Th1細胞とTh2細胞と言われるものがあります。食物アレルギーや花粉症などのアレルギー性疾患は、このTh2細胞が過剰に応答することが原因と考えられています。
衛生仮説によれば、人は乳幼児期に様々な細菌やウイルスなどに感染することでTh1細胞が刺激され、Th1とTh2のバランスがとれるようになり、アレルギー性疾患になりにくくなるというのです。
しかし、細菌やウイルスの少ないきれいな生活環境では、Th2優位のままです。そこで、免疫のセンサーとなる刷子細胞の働きを抑えることができれば、Th2細胞の過剰な応答を抑えることができるようになるかもしれないのです。
刷子細胞の研究は途についたばかりですが、免疫における刷子細胞の機能や、脳に働きかけてホルモンの分泌に関与していることが解明できれば、様々な形の応用が期待できると思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。