国民的アイドルは、時代とシンクロした「人の流行」
学問的な説明をすると、ちょっと難しく聞こえますが、それを具体的に見てみましょう。流行の種類は、大きく3つに分類されます。ヒット商品のように特定の物が対象となる「物の流行」。スポーツやレジャーなど、何かを行うことに関する「行為の流行」。そして、流行歌やベストセラーなどに代表される広い意味での思想を指す「思想の流行」です。さらに、戦後から1980年代にかけては、もうひとつ重要な流行がありました。「人の流行」、つまり、人気者です。流行現象に対して強い影響力をもつメディアが、大衆を対象として広く普及したこの時代、その影響力を最も効果的に利用することで現れたのが人気者、いわゆるアイドルといえます。つまり、この時代の社会心理を読み解くという意味では、人気者=国民的アイドルが最もわかりやすい形で示しているわけです。では、その時代的変遷を見てみると、まず、1950年代は、「戦後復興期のがむしゃらなアイドル」美空ひばり。1960年代になると、「高度成長期の明るく前向きなアイドル」吉永小百合。1970年代は、「低成長期の翳りのあるアイドル」山口百恵。1980年代は、「バブル期の欲張りなアイドル」松田聖子。まさに、10年単位で、それぞれの時代の価値観を見事に体現し、それとシンクロした時代の「キー・シンボル」として1人の突出した国民的アイドルが生まれていたわけです。ところが、これ以降の時代になると、様々な領域すべてで価値観の細分化、多様化が進み、時代の象徴となるような突出した国民的アイドルは姿を消してしまいます。1990年代に「アムラー・ファッション」を創出した安室奈美恵がいますが、それ以前の4人に比べ、国民的アイドルという存在とはいえないと思われます。さらに2000年代に入ると、グループ・アイドルの乱立となり、1人の突出したアイドルが時代の指標となることはなくなりました。
このような分析に対しては、「素朴反映論的図式」という批判が向けられることも少なくありません。また、1990年代以降の、多様化し細分化した流行現象に対しては、このような単純な分析手法はもはや有効ではないという見解もあります。確かに、1980年代までのように、「人の流行」に限らず様々な流行現象が、ダイレクトにその時代の社会心理を反映することは少なくなってきています。その反映のあり方は、乱反射のように歪んだり、反転したり、ねじれたりと、複雑さを増しているのは確かです。しかし、その複雑なあり様に細心の注意を払いさえすれば、この基本的図式は、いまでも分析の視点として有効であると私は考えます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。