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インフォームド・コンセントのための“言葉”を創る

明治大学 国際日本学部 教授 田中 牧郎

専門家と非専門家のコミュニケーションを広げる言語研究の技術

田中 牧郎 この本「病院の言葉を分かりやすく」は、単純な医療用語辞典ではないと言いました。それを可能にしたのは、私の研究テーマのひとつである「コーパス」を活用したことです。コーパスとは、電子化された大量の言語資料のことです。それを活用すると、言葉の使用頻度を基に統計処理によって言葉を収集し、抽出することができます。何十万語とある医療用語の中から、例えば、医療の専門雑誌などで使用頻度が高い言葉を抽出し、そのなかから一般向けの健康雑誌などでも使われている言葉を抜き出し、そこから重要度の高い言葉を選んでいくことで、作業を効果的に進めることができました。さらにコーパスを使えば、その言葉がどう使われているのかを、実際の文章で把握することができます。その言葉の直訳の意味だけでなく、その言葉が日本語の文章の中で実際にどう使われているか、その意味を知ることによって、よりわかりやすい言い換えの言葉を創り、説明することができたのです。例えば「ショック」という言葉は、医療用語では、血液循環がうまくいかなくなっていることで、「ショック状態」といえば、命が危ない状態で、緊急に治療が必要です。しかし、日常語では、単にびっくりした状態のことで、ずいぶん軽い意味で使われています。医師が「ショック状態」と説明したときに、聞いた患者やその家族が、驚いただけか、と受け止めたとしたらとても危険です。このように医療用語と日常語でまったく違う意味で用いられている言葉も、コーパスによって把握が容易になりました。こうした言語研究の技術は、専門家と非専門家の垣根を低くしていくコミュニケーションの構築において、ますます重要になっていくものと思います。

 専門家が自分たちの言葉を非専門家の側に開いていくことは、専門家の責任であると思います。医学の分野に限らず、裁判員制度が始まった法曹界、リスクの説明責任がある原発をはじめとした科学の分野。共通しているのは、社会のものごとを決めるのはその分野の専門家だけではなく、私たち一人ひとりも決める主体であり、責任をもって意思決定に参加することが大切だということです。そのためには、私たちも最低限の知識を身につけることが必要です。わからないことは、専門家に教えてほしいと言いましょう。それも立派な参加です。そのとき、専門家は責任をもって説明に応じなくてはいけません。そのためには、専門家は非専門家でもわかる説明の仕方を日頃から工夫しなくてはいけません。専門家と非専門家がこうした努力を続けていくことが大事だと思います。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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