軍事政権下では劇場が爆破されるなど、演劇が弾圧の対象に
軍事独裁政権下の国でどのようなことが起こったのか、アルゼンチンを例に見てみましょう。アルゼンチンは16世紀から18世紀にかけてスペインの植民地であり、独立運動を経て1816年に独立。第二次大戦後、断続的に軍政が敷かれ、最後の軍事独裁政権は1976年から1983年まで続きました。
この時期、政治的・社会的内容の戯曲の出版や販売、流通、上演は禁じられました。実際には、軍政のはじまる少し前から劇場に爆弾が投げ入れられたり、演劇に関わる人たちが殺人予告を受けたりといった妨害を受けたそうです。
芸術、特に演劇が弾圧の対象とされやすいのは、波及しやすいメディアだからだと考えられます。民衆を扇動させるのでは?との不安があったのではないでしょうか。時代は異なりますが、私の知人にもブラックリストに載ったため身の危険を感じ、一時期国外に逃げていた芸術家がいます。
少しでも政権に批判的な芸術家たちは弾圧され、誘拐や監禁、拷問、殺害されるなど徹底的に排斥されました。1976年から1983年にかけて、政府によって殺害されたり、誘拐されたりして行方不明になった人は約3万人にも上るといいます。家族を連れさられた女性たちは「夫を返せ、息子を返せ」と、ブエノスアイレスの大統領官邸前にある5月広場で抗議活動を行い、「5月広場の母親たち」と呼ばれるようになりました。今も、毎週木曜日にその活動は続いています。まだ歴史は閉じていないのです。
芸術家たちも声を挙げています。軍政末期の1981年から1983年にかけて、オープンシアター(Teatro Abierto)と呼ばれた抵抗運動がありました。21人の劇作家が結束し、それぞれが短い作品をつくって毎日3作品ずつ上演するという活動を行ったのです。チケットは毎回完売となって注目を浴びたことから、政権に目をつけられたようで、1週間後、劇場は爆破されました。その後、別の劇場に場所を移して上演を続け、国内外で知られるようになりました。
現在のアルゼンチンでは、かなり自由に作品づくりができているのではないかと思います。ただ、ハビエル・ミレイ現大統領もやはり人々に影響を与える芸術に恐怖を抱いているのでしょうか、芸術関連の予算削減やイベントのキャンセルなど検閲のようなことが行われています。
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