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2024.04.18

アメリカの中絶論争の背景にある、政治、宗教、差別の問題

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どこの誰に対して何を「言っていないか」で、見えてくることもある

 プロライフ派とプロチョイス派の対立が急進的になり、分断が懸念されているなか、相反する二者択一の状況に第三の道を提示するかのように生じてきたのが、「生殖の正義」と呼ばれる運動です。単なる中絶の合法性を超え、望まない妊娠をしないための避妊の権利、望まない妊娠をしたときの中絶の権利だけではなく、産みたい人が安全で健康的な環境で出産できる権利、育てられる権利まで、生殖に関わる諸権利の行使を実質的に保障することを求めています。法律で妨げられないという消極的な権利ではなく、避妊や中絶に対する公的な援助や産前産後のヘルスケア、さらには環境汚染の問題にも話が広がる捉え方です。

 この運動はとりわけ黒人女性が中心となっていますが、自分たちのためだけに訴えているわけではなく、自分たちを含むすべての人のための実質的な生命と自由の権利を追求しています。しかし近年のアメリカでは、非白人や女性や性的マイノリティが不平等の是正を求める運動に対して黒人や女性やLGBTQが特権を求めていると批判する声が、とくに右派から浴びせられる傾向があります。その背景には、白人男性の特権性を維持したい、黒人や女性や性的マイノリティの権利を認めたくないという思惑が見て取れます。とはいえ、今のアメリカ社会で、これらを公然と主張するのは難しいことです。属性に基づいた差別を露骨に言う人は少ないものの、実際には人種差別や家父長主義的な発想で動いている人は今なお多数存在しており、別の名目によって女性や非白人や性的マイノリティの自由や平等を制限しようとしています。

 主張の隠された文脈に気づくためには、何を言っているかだけでなく、どこの誰に対して何を言っていないかも同時に見ることが重要です。ある人々の在り方や主張に対しては激しく攻撃するのに、別の対象には言わないことで逆に見えてくることがあります。プロライフ派にとってのフリントの流産問題、プロチョイス派にとっての貧困層への姿勢もそうです。

 露骨な差別を正当化するような法律やルールが是正されているがゆえに、マジョリティが依然として有利な立場を享受し、利用し、維持していることに、自分たちで気づいていないケースも少なくないでしょう。そういう認識そのものをなぜ自分は持っているのか。自分でも気づかない特権性に守られているのではないか。そう自分自身に問いかけることが非常に重要であることは、日本社会にも共通して言えることでしょう。


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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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