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2024.04.18

アメリカの中絶論争の背景にある、政治、宗教、差別の問題

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「生命の支持」を謳いつつも、非白人の流産や不妊手術には沈黙

 アメリカでは公民権運動などを経て、マイノリティに属する人の声や権利が尊重されるべきという価値観が定着していきました。その流れのなかでプロライフ派は、女性の権利に反対しているのではなく、自分たちは自ら声を発せない「マイノリティ」たる胎児の生命権を擁護しているという立場をとり、あらゆる生命を支持する自分たちは女性のことも守ろうとしている、つまり女性の味方でもあると主張するのです。

 果たして本当にそうでしょうか。たとえば、プロライフ派の運動を受けて設けられた法律には、中絶を禁止しないまでも、施術を受けるには必ずカウンセリングを受けて72時間は置かなければならない、超音波診断機で胎児の姿を見なければいけないと定めているものがあります。これは明らかに中絶を躊躇させる方向へ誘導しようとする法律です。彼らには、女性には合理的で冷静な自己決定能力が備わっていない、女性は本来産むべき性であり、その本質に従えば出産を選択するはずだという考えが前提としてあります。彼らの運動が保護しようとしているのは、女性本人ではなく、産むべき性としての女性という立場・役割ではないか、と言わざるをえません。

 というのも、プロライフ派が真に生命を尊重しているかが疑わしいからです。出生前後の母子のヘルスケアを充実させることや、低所得層への医療補助などを積極的に求めることはありませんし、環境汚染にもあまり関心があるように見受けられません。象徴的な例として、工業都市だったミシガン州のフリントという町で近年、水道水が鉛で汚染された結果、流産が有意に増えている問題があったことを多くの研究者が指摘していますが、これに対しプロライフ派の団体は沈黙したままです。つまり胎児の生命保護はプロライフ派の目的ではなく、女性の生き方を制限するための手段になっているのはないかと思われるのです。加えて、フリントには低所得層と、とくにアフリカ系アメリカ人などの非白人が非常に多く住むエリアであるため、彼らは非白人の胎児なら尊重する気がないのではという疑問も生まれます。

 一方、プロチョイス派の運動にも、疑問を抱く部分があります。そもそも中絶が選択できたとしても、経済的にその実現が難しい低所得層も少なくありません。逆に安全な出産をするのにも相当なコストがかかります。アメリカの乳幼児や妊婦の死亡率は、白人に限れば先進国水準であるものの、非白人は倍以上。しかしプロチョイス派の運動は中流層以上の人々が主軸になっていることもあり、その主流派はそこを問題視せず、黒人女性の活動家などの不満の種にもなっています。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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