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ヨーロッパ型多拠点居住は私たちにとっても魅力的

飯嶋 曜子 飯嶋 曜子 明治大学 政治経済学部 准教授

多拠点居住の動きが広がるチロル地方

飯嶋 曜子 日本人は都会で暮らしていても、四季折々の自然を楽しむために、週末などに郊外や地方に出かけることはよくあります。同じような感覚はヨーロッパの人たちにもあります。

 ただ、ヨーロッパでは長期休暇が取りやすい社会制度が整っているため、農村で1週間過ごしたり、夏には涼しい山岳地方で1ヵ月間近くを過ごすこともあります。

 その間、地域の商店や施設を利用するだけではなく、地域のコミュニティに溶け込み、地域の催しやボランティア活動などに参加する人たちも少なくありません。

 また、彼らは休暇が終わって都会に戻っても、週末ごとにその町を訪れたり、次の休暇に、再びやって来るなど、その地方との関係を継続的に深めていきます。こうした動きが、地域経済への波及効果や、地域の活性化に繋がっていくのです。

 近年、日本でも、交流人口や関係人口といった概念を用いて、こうした域外からの人々の動きを地方活性化の取り組みの一環として制度化しようとする動きがあります。ヨーロッパでは、それを個人のライフスタイルのひとつの形としている人たちがすでに一定数いるのです。

 例えば、私が調査を続けているオーストリアのチロル州はアルプス山脈に連なる山岳地帯で、谷ごとに独自の生活圏を持ち、「谷共同体」と呼ばれるコミュニティが発達してきた地方です。急峻な地形のため大規模な集約的農業はできず粗放的な放牧が中心で、いわゆる条件不利地域とよばれる地域です。

 それにも関わらず、チロル州では第二次世界大戦後、一貫して人口増加がみられ、失業率や一人当たりGDPなどの経済指標を見てみると、全国平均よりも良い水準にあります。実際にチロルの村々を歩いてみると、そこでは私たち日本人が「条件不利地域」と言われて想像するような荒廃し疲弊した農村の景観はほとんど見られません。どんなに小さな村でも家の窓辺には美しく花が飾られ、広場や道は綺麗に整えられていることが一般的です。

 アルプス山麓でのスキーや登山といったアクティビティだけではなく、住民の人たちが手を入れ続けてきたおかげで維持されてきたこうした美しい景観が、チロルをヨーロッパ有数の観光地にしたと言えるでしょう。それにより、観光産業も発展し、地域経済が安定しているのです。

 1995年にオーストリアがEUに加盟した後、現在は国境のコントロールもなくなり自由に行き来できるようになったことも背景に、隣国ドイツの人たちがより一層チロルへ訪れるようになりました。

 彼らのなかには、従来型のホテルや高級な別荘での滞在ではなく、人が住まなくなった空き家や、使われなくなった農作業用の小屋などを地元農家から入手し、あえて自分で時間をかけて改修して、別荘感覚で住む人々も増えてきました。そして、こうした改修作業自体を週末や休暇の楽しみとする人も少なくありません。

 このことによって、朽ちかけた古い農家小屋や空き家が再びよみがえり、村の景観の美化にもつながっていくことになります。その過程で、外部からの移住者と地元住民のネットワークも生まれ、移住者が地域のコミュニティにも参加していく動きがでてきます。

 チロル地方はドイツの大都市であるミュンヘンから車で2~3時間の距離にあります。平日は南ドイツの都市で働き、週末は国境を越えて自然豊かなチロルの別荘で過ごすというパターンも珍しくありません。

 それは、まさに、普通の生活の一部であり、労働のための都会暮らしと、余暇を堪能するための農村暮らしの両立という、日常生活を楽しむための多拠点居住スタイルなのです。

 一方、自治体は、険しい山々に囲まれて交通アクセスが比較的に悪い場所であっても、そこで住民が引き続き暮らし続けることができるように、住民への行政サービスを疎かにすることはなく、道路や上下水道、文化施設などを整備したり、教育や医療機関を減らさないようにする施策を進めてきました。

 その際に、何が地域で問題となっており、求められているのかを行政だけではなく地域の様々なアクターが協働して検討し、事業を立案・実施していく「ローカルなスケールでのボトムアップ型の農村振興」の制度が整備されてきたことも注目に値します。

 結果として、こうした農村振興の取り組みが、外部の都会の人たちを呼び込むことにもなったのです。都市から地方へのこのような動きは、近年では、「アメニティ・マイグレーション」とも言われます。雇用や高賃金といった経済的要因を求めての一般的な移住ではなく、豊かな自然環境、快適さ、住みやすさといった非経済的な要因を重視した移住という動きが注目されているのです。

 一方、チロル地方の多拠点居住の快適さが広く知られるようになるにつれ、この地域の不動産価格が上昇し、本来の土地利用が疎外されるという弊害も起こりつつあります。こうした事態に対して、行政は無秩序な開発を抑制するための不動産取得の規制に動いています。

 関係人口が増えることは地域にとって有益なことですが、まず、地域住民の生活を第一に考えるという行政の基本が守られているのです。

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