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江戸切子×マーケティング〜伝統工芸とネットショッピングの意外な好相性〜

Meiji.net編集部 Meiji.net編集部 

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皆さんは「江戸切子」と聞いてどんなものをイメージしますか?ガラスに複雑な文様が刻まれているもの?専門店や百貨店で並んでいる高級品?お寿司屋さんや天ぷら屋さんでお酒を頼むと出てくるもの?綺麗で、華やかだけど……、ちょっと古い?
いやいや、江戸切子は江戸時代後期に誕生して以来、今なお進化し続けている日本の伝統工芸です。最近ではその技術の高さと美しさで海外からもますます注目を集めています。そんな、現代の江戸切子の世界を牽引する若き職人の一人が堀口切子の三澤世奈さんです。
今回は、伝統工芸とマーケティングをテーマに、同社の新ブランド〈SENA MISAWA〉を立ち上げた三澤さんと、小売業・卸売業のマーケティングを専門とする明治大学商学部の菊池一夫教授で特別対談を行いました。
さまざまな観点から伝統工芸の新たなビジネスモデルや、伝統工芸と最先端のマーケティング理論との意外な重なりが見えてきます。

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三澤さんは明治大学商学部の卒業生。在学中は菊池教授の講義も受けていて「今、学んだことを実践しています」

伝統工芸にもトレンドはある!?

菊池:まずは「江戸切子」とは、というところから教えていただけますか。
三澤:はい、定義はとってもシンプルなんです。ガラス製であること。手作業で作っていること。主に回転道具を使って加工していること。そして江戸、つまり東京近郊で作っていること。この4つだけなので、色もデザインも実は自由なんです。

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黒いぐい呑は三澤さんの師匠、三代秀石 堀口徹氏のデザイン。底面のカットが側面に映る仕掛け

菊池:するとその時々で流行現象のようなものがあったりするんですか。
三澤:ありますね。例えば、すごく細かい文様をたくさん入れる時代があったり、部分的に文様を取り入れたモダンなデザインが好まれる時代になったり。時代のニーズに合わせてデザインは少しずつ変化しています。
菊池:なるほど。私は研究のためにいろいろな伝統工芸の産地へ伺うのですが、よく目にするのは地元の大きな企業を周りの小さな工房が真似ていく、という現象なのです。江戸切子でもそういうことはあるのですか。
三澤:昭和の時代は、そういった流れがあったかもしれません。ただ、現代ではどこかが主導しているということはないと思います。誰かが新しいことを始めて、周りがその良いところを見つけて取り入れていくという印象です。デザインもそうですが、最近だとガラス素材の色も多様化しています。そのため、以前より江戸切子全体のバリエーションが増えていると思います。あと、新しい技術や表現を競い合う「江戸切子新作展」というものが年に1度開催されています。そこが交流の場になっていたりしますね。

大切にしているのは「残す・加える・省く」

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「切子にあしらわれる文様には、繁栄や招福などの願いを込めて制作している」と三澤さん

菊池:すると、他所の工房やメーカーとの「差別化」って難しいのではないですか。
三澤:確かに使う道具や素材の入手先は似通ったものにはなります。でも職人同士では、各社の「特性」みたいなものを感じていると思います。弊社では「差別化」を意識するよりも「独自性」を追求していく方向です。その考えの中で、「残す・加える・省く」というスローガンを掲げています。価値のあるものは残そう、いま必要とされる要素は加えていこう、時代に合わないものは勇気をもって省こうと。江戸切子の伝統や文脈から学び、自分たちなりに新しいものを提案していけるものづくりを目指しています。
菊池:まさに守破離ですね。 3つのうち、どの作業が一番大変なのですか。
三澤:やはり「省く」ことが非常に繊細で難しいです。例えばデザインの無駄を省くとして、何の説明もなくただミニマルなものを提案しても、既存の江戸切子の文脈から飛躍しすぎてしまい、使い手の方にご理解いただけないと思います。
菊池:ご自身のブランド〈SENA MISAWA〉からは、とても新しい江戸切子という印象を受けるのですが、やはりそういった考えのもとに製作されているのですか。
三澤:ええ、皆さんの中にある江戸切子のイメージを守りながらも、新しいものを打ち出せるようにしています。デザインでいうと、江戸切子にとって重要な要素である「文様」について、代表的な文様も使いつつ、オリジナルで新しいものも取り入れたミニマルなデザインを提案しています。そして一番の特徴は今までにない、オペイクカラーやペールトーンの素材を使っていることです。ブランドとしての存在意義である、はっきりとした「独自性」がこれにあたります。今までうちが出してこなかった分野の商品を社内で提案する。それが結果として業界内でも差別化につながっていき、世間一般の皆様にも新しいと感じていただけているのかもしれません。

日常にこそ映える〈SENA MISAWA〉

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不透明で淡い色合いやマットな質感、スタイリッシュなロゴも新鮮な〈SENA MISAWA〉

菊池:なるほど。〈SENA MISAWA〉のコンセプトは“日常空間に心地の良いトーンの切子”だそうですが、いつどのようにして思いつかれたのですか。
三澤:お寿司屋さんのカウンターには煌びやかで華やかな切子が似合うように、それこそ色だったりデザインだったり、お家に合う切子を提供したいなって思ったのがきっかけです。お酒以外のものにも使いやすいグラスだったり、インテリアに馴染みやすいトーンの色を提案したりしています。
菊池:それまでそういうことを提案する人はほとんどいなかったんでしょうね。
三澤:少なくともそういう「見せ方」はあまりされてこなかったかもしれませんね。百貨店の和食器売場ではなくセレクトショップで取り扱っていただいたり、カジュアルなバーで使っていただいたりもしています。
菊池:販路も違うのですね。〈SENA MISAWA〉の商品はどれ位のペースでリリースされるのですか?
三澤:2019年にスタートしてこれまで5回新商品を発表しましたが、特に決めてはいません。自分が欲しいと思えるようなデザインやカラーが生まれたらリリースするというペースですね。魅力的なカラーの組み合わせはたくさんあるので。今後は季節限定商品や期間限定カラーを出していこうかなって考えています。
菊池:それはいいですね、個数も決めてね。そうすれば他の商品が沈下することもないですから。新商品のデザインなんかはどうやって考えるんですか?
三澤:自分の生活すべてが切子につながっているようなイメージです。私自身、ファッションも好きなので、コレクションの色使いやパターンをヒントにすることもあります。あとは、使う人や空間から、この人や空間に似合う切子ってどんなものだろうとイメージすることも多いですね。

ブランディングの鍵は、“サブカテゴリー”を創ること

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堀口切子の工房のようす。職人さんたちが着ている特注のワークコートもスタイリッシュ

菊池:堀口切子さんは、オンラインショップもされていますよね。
三澤:はい。特にコロナ禍になってからは顕著に伸びていますね。ちょうど私のメディアへの露出が増えてきた時期と重なったこともあり、インスタなどSNSをフォローしてくださる方もぐっと増えました。
菊池:インターネットの時代になって消費者は情報を得やすい一方、企業は情報が溢れ、拡散するのでブランディングしづらいと言われています。デービッド・アーカーというブランドの研究者が2020年に「これまで消費者が使わなかったとか、使おうと思わなかったようなサブカテゴリーを創造することが大事だ(※)」と述べているのです。まさにこれまでの江戸切子は煌びやかで、ともすればガラスケースの中に飾られているような敷居の高いものだったわけですが、〈SENA MISAWA〉では“家庭の中や家庭料理で使用する”というカテゴリーを創出されたわけですね。
三澤:それは自分自身が「新参者」っていう意識があったから、江戸切子そのものを一歩引いて見ることができたのかもしれませんね。
菊池:「新参者」って思われたのはどうしてですか?
三澤:そもそも私は江戸切子の職人になりたかったわけじゃなく、純粋に堀口切子という会社に共感して、働きたいって思ったんです。
菊池:そうだったんですか。どういったところに共感されたのですか。
三澤:代表の堀口が手掛ける作品はもちろんですが、ホームページの構成や写真など当時からすごくこだわっていて。
菊池:そういう工房は珍しかったでしょうね。
三澤:ええ、今でこそどの工房もホームページやインスタがありますが、堀口は早くから広告的な活動に力を入れていましたね。良いものを作るのは当たり前、それをどうお客様に伝えるかというところまで考えていたんだと思います。
菊池:それは「残す・加える・省く」に通ずるものがありますね。
※ David Aaker(2020)“Winning against a dominant brand. Journal of Brand Strategy, 9(2), 103-112.”

オンライン上でも“コミュニケーション”が重要

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卒業後、一度はネイリストの道に進んだ三澤さん。3年越しの夢を叶え堀口切子で職人に

菊池:先ほどのデービッド・アーカーの研究では、インターネット上のブランディングには2つの重要な考え方があるとされています。1つは先ほど話した「サブカテゴリーを創造する」こと。もう1つは「機能性や効率性を超える」ことだと。世界的な大手通販サイトなどは、機械学習を活用し検索情報から効率的にリコメンドしてきますが、それを超えるのは人間らしさを発揮したコミュニケーションなのだというわけです。
三澤:それは、本当にそうだと思います。ネット上でもお客様とのコミュニケーションって確かに存在するんですよね。
菊池:詳しく教えてください。
三澤:例えばインスタやオンラインショップで、季節に合った商品をこちらから発信することで、お客様にも欲しいと思っていただけますよね。その時掲載する写真もコメント文も、その1つ1つがコミュニケーションだと捉えて、自分たちの感性が伝わるように意識しています。それから、オンラインショップでは特に「備考欄」を大切にしています。そこに添えられているコメントから、お客様の望まれていることをできるだけ汲み取るようにしたいので。
菊池:そのコミュニケーションが明確に売り上げにつながっているっていう感触はありますか。
三澤:はい。逆にそういったコミュニケーションが停滞すると売り上げも減少する傾向にあると思います。
菊池:ちなみに、備考欄にはどういうコメントが書かれているんですか?
三澤:最近だと「息子の20歳の誕生日に贈ります」というコメントがありました。私たちは商品にお手紙を付けて送りますので、そこに「息子さんお誕生日おめでとうございます」と。
菊池:お手紙が一緒に届くと驚くし、感動しちゃいますよね。サブカテゴリーを創る、機能性とか効率性を超える、という中に細かい戦略が示されているんです。それがまさに「パーソナルなタッチポイントを作って人間的につながっていくこと」なんですよね。
三澤:私たちはトゥマッチでないことを祈りながらやってきましたが、実は理にかなっていたんですね!

アフターコロナにチャレンジしたいこと

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お父様が職人だったという菊池教授。学問的な知見と自身の経験を合わせさまざま角度から話題を展開

菊池:先ほどオンラインでの売り上げも好調だと仰っていましたが、この傾向は続くと思いますか。そろそろコロナ禍の出口戦略みたいなものも語られだしていますが。
三澤:ある程度減ったとしても、コロナ前よりは少し上がった状態になるのかなって思っています。私もそうですが、皆さん必然的にネットで買うことに慣れてきたと思うので。
菊池:そうですよね。特に堀口切子さんは写真の見せ方やコメントの仕方など、顧客との接点を非常に重視されているので、今回お話しして、まさにD to C(Direct to Consumer)のモデルケースだと感じました。
三澤:ありがとうございます。
菊池:今後こうしていきたいという計画や予定はあるんですか?
三澤:実はコロナになる前に〈SENA MISAWA〉の展示会の予定があったのですが開催できず……。やっぱり直接手にとって見ていただけるポップアップショップを出したいですね。
菊池:やはり直接のコミュニケーションもされたいのですね。
三澤:そうですね。私たちのものづくりは使い手の方あってこそ。黙々とガラスを切り続けるだけだと提案できる範囲も狭くなってしまいがちですし、何より直接手にとってもらって感想をいただけるのが、一番嬉しいんです。
菊池:今の話とは真逆になるかもしれませんが、今後オンライン上に構築された3D空間、メタバースみたいなところでモノを売っていくという動きも増えてくると思いますよ。
三澤:あっ、でも私そっちもすごく興味があるんです。リアルで見られるものとメタバース空間で使えるものが連動していたら面白いだろうなって。
菊池:本当に視野が広いですね!
三澤:あとはオンライン上に販売履歴や作品情報などの記録がきちんと残れば良いなとか。
菊池:この時代は、こういうものがトレンドで売れていたんだとオンライン上に残したいと。
三澤:きっと、次世代の職人たちにとっても有益だと思うので、制作工程やどこで作られたかも残るといいですね。

対談を終えて

菊池:少し前の職人さんって、お客さんの前に出ること自体に抵抗を持っている人も多く、商品は問屋さんが持っていくので本人はどこで売っているのかさえ知らない、なんていうこともあったのです。今回、三澤さんといろいろなお話をする中で、ネットを上手に使いながら消費者の考え方やライフスタイルに寄り添っておられるんだなって感じました。伝統工芸のビジネスモデルが徐々に転換されていくのをリアルに感じられて、すごく勉強になりました。

三澤:大学時代に遠くから講義を聴いていた菊池先生とこんな風にお話しできるなんてすごいですよね。当時、先生が授業の中で仰った「そもそも価格競争に陥らない業界を選んだ方が良い」という言葉が、江戸切子の世界に目を向けるきっかけになったんです。明治大学で学んで、先生の講義を受けられてよかったなと心から思います。

【菊池一夫先生の記事】
ネットの店舗化、店舗のメディア化が始まっている
https://www.meiji.net/business/vol328_kazuo-kikuchi

【堀口切子 公式サイト】
https://kiriko.biz/

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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