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使い捨て文化にはない豊かさがある、日本の漆器の文化

本多 貴之 本多 貴之 明治大学 理工学部 准教授

持続可能な生活を考えるきっかけになる漆器

 しかし、昭和になり、戦後以降は漆器の利用は激減します。安価なプラスチック製品などが普及したため、漆器は相対的に価格が高くなったこと。また、漆器は繊細で手入れが難しいと思われたことが原因です。

 しかし、漆は耐水、断熱、防腐性などに優れています。つまり、丈夫で耐久性があるのです。熱湯を注いだり、洗うときに硬いブラシなどで擦ったり、直射日光に当て続けるようなことをしなければ、簡単に傷むことはありません。

 実際、私は、歴史博物館で、高台がすり切れるほど使い込まれた明治時代の漆のお椀を見たことがあります。それでも塗膜部分は健全で、汁が漏るようなことはないのです。おそらく、使っているうちに多少傷むことがあれば、職人に塗り直してもらっていたのでしょう。

 そのように、漆器は日用品として広く使われていたので、江戸時代には年間2000トンくらいの漆が生産されていたと言われます。その生産が激減し始めるのは1960年代です。現在では、年間わずかに1.8トン程度になっています。

 そのため、国内で使われる漆の97~98%を中国からの輸入に頼ってきました。2020年に国産漆で5%まかなえるくらいに回復してきましたが、それは、歴史的文化財の修復には国産漆を用いるように、文化庁から通達があったからだと考えられます。

 また、近年、SDGsの考え方が普及してきたことも影響してきています。漆はカーボンニュートラルな自然素材であることはもちろんですが、それにもまして、漆器によって私たちの生活を見直せることが大きいのです。

 安価なプラスチック製品の普及によって、日用品は壊れれば、また、安いものを買い直す、という使い捨ての生活モデルが広まりました。

 しかし、環境を考えたとき、持続性を考えたとき、それは非常に無理のある生活の仕方であることに、多くの人が気づき始めているのだと思います。

 実は、江戸時代には、漆器は瀬戸物より下に扱われていたと言われます。修繕しながら長く使い続けるのは贅沢ではない、というのです。そのため、庶民の多くは漆器を使い、経済的余裕のある人たちが瀬戸物を使っていたようです。

 でも、それが本当に贅沢な暮らしと言えるのか。現代の私たちが、安価な製品を壊れては買い直すことが本当に便利な生活と言えるのか。いま、皆さんは、どう感じるでしょうか。

 現代の漆器は確かに高価です。それは、漆器を作るのは職人の手作業だからです。そして、その職人も、材料である国産漆も非常に少なくなっているからです。

 いまの日本には、漆を塗る職人以上に、漆の樹液を採る掻き職人や、刷毛をはじめとした道具を作る職人が、実は、ほとんどいなくなっているのです。

 近年、ようやく、漆に関わる人材を育成する活動や、漆を植林できる山を募集する活動などが行われ始めました。

 私たち消費者も、本当に豊かな生活や持続可能な生活を考えたとき、漆器を使う生活を選択肢に入れても良いのではないかと思います。それが、日本固有の漆文化を伝承することにも、未来を目指すSDGsの考え方にも繋がっていくのです。

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