原価企画はイノベーション創出に役立たない?
原価企画の取り組みは、1960年頃にトヨタ自動車によって始められたと言われていますが、同じような手法は日産自動車などでも行われていたようです。
その背景にあったのは、自動車を大衆に普及させようというモータリゼーションです。政府は、当時、国内メーカーによって外国車に勝る国産車を開発する、国民車構想を掲げました。
そこで、トヨタ自動車は、外国車の販売価格を参考に、新車の開発設計段階で原価検討を試み、社外のサプライヤーをも巻き込みながら、一丸となって高品質・低コストな国民車の実現を目指します。その結果、パブリカやカローラといったコストパフォーマンスに優れた車が誕生していくことになったのです。
こうした開発モデルは、その後、加工組立型産業をはじめとして日本の様々な製造業に普及していき、やがて、世界市場での日本製品の優位性に繋がっていきます。1980年代には、「ジャパン・アズ・ナンバー1」と言われるほどに、高品質かつ低価格な製品を生み出す日本の製造業が世界を席巻することになります。
ところが、日本経済が成熟化するにつれて、海外に新たな市場や安価な人材を求め、日本の製造業でグローバル化が進展しました。それとともに、優れた生産システムが海外へと移転し、サプライチェーンのグローバル化と現地化も進みます。そのような状況の中で、日本の製造業の優れた技術の研究や現地企業への技術供与が進むことによって、日本独自の技術が、ある意味、流出するような形で世界に広まり、日本の技術力が相対的に低下することに繋がっていったのです。
また、海外の企業から「ケイレツ」がバッシングされ解体が進むにつれて、サプライヤーとの強い協力関係によって構築された、日本的な原価企画という管理手法も強みを発揮しづらくなっていくのです。
その結果、バブル経済が崩壊した1990年代以降、世界市場における日本のプレゼンスは低下していくことになります。
現代の企業においては、イノベーションの創出が重要な課題になっています。確かに、世界が平準化する中でプレゼンスを高めるには、従来にない新しい製品やサービスを生み出すことが求められます。
では、かつて、世界を席巻するほどの製品を創出することに効果を発揮した原価企画は、現代のイノベーションの創出においても貢献できるでしょうか。実は、イノベーションの観点から原価企画を考察した研究は少なく、その点はまだ解明されていません。
例えば、近年の経営理論においては、「両利きの経営」が話題となっています。すなわち、既存事業における知識や技術の「深化」と、新規事業のための知識や技術の「探索」を同時に行う経営です。
海外の先進的な製品に追いつけ追い越せという風潮の中で力を発揮してきた原価企画は、どちらかというと「深化」を得意としており、イノベーションの観点からは漸進的イノベーションを促進する管理手法です。他方、画期的な新製品や新サービスを生み出すための急進的イノベーションに結びつく「探索」において、原価企画は大きな力にはならないように思えます。
しかし、原価企画に備わっている「深化」と人々の協働を促す仕組みが「探索」に貢献すると考えられます。つまり、既存事業における知識や技術の「深化」があるからこそ、今までとは異なる「何か」に気づけるのであり、多様なバックグラウンドを持つ人々の協働があるからこそ、新たなアイディアが生み出されるのです。
先ほど述べたように、「ジョウホウ」も限られた経営資源です。それを効率的(よりコストをかけずに)かつ効果的に(より斬新なアイディアとして)取得・使用しながら、より多くの利益を獲得していくための創意工夫(イノベーション)を引き出すプラットフォームとして、原価企画が進化していくことが期待されます。
例えば、消費者や顧客と協働して、ユーザー目線の情報を収集することで、従来の企業側の発想にはなかった画期的なアイディアが得られるかもしれません。
また、最近の世界情勢を背景に、生産活動の国内回帰が進み始めていますが、かつてのようなサプライヤーとの協力関係や情報共有の仕組みを再構築することで、サプライヤーからの提案などを活性化させることもできるでしょう。
このように、急進的イノベーションを創出する過程においても、原価企画が役立つと考えられます。新たなモノ・コトを大衆に広めるために考えなければならないコストという制約があるからこそ、それを突破するための対話と協働が湧き起こり、新たなイノベーションに繋がる新しい創意工夫や発想が生まれてくる可能性があるのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。