守秘義務の徹底と外部通報の要件緩和
三つ目のポイントは、通報を受けた担当者に刑事罰をともなう守秘義務が課されたことです。
従来の法律にも守秘義務はありましたが、実際には、通報者が誰なのか、その上司や不正行為を行っていた人などに知られ、通報者に対して左遷などの報復行為が行われることが多々ありました。
そこで、今回の改正では、守秘義務に違反した場合は罰金30万円以下という刑事罰が科されることになったのです。
もちろん、守秘義務は非常に重要ですが、通報窓口の担当者個人に刑事罰が科されるのでは、恐くて担当を引き受けられないという萎縮効果を与えるのではないか、という議論もありました。それでは、内部通報体制の構築が難しくなりかねません。
この問題の背景には、もともと報復行為など不利益取扱いを行った企業に刑事罰を科すべきであるという議論がありました。もっとも、企業側には、通報者に対して、通報者と知らず、通常の人事ローテーションの一環として配置換えをしただけ、という言い分があることです。一方、通報者にすれば報復人事に思えます。どちらの言い分が正しいのか、立証は難しいのです。
そこで、問題の根っこのところである、通報者を漏らさないという守秘義務を徹底することになったのです。
つまり、通報者が本当に誰なのか知らないまま配置換えをしたのであれば、企業側の言い分も立ちます。
しかし、このルールの本質は、通報者を守ることです。そのために通報窓口の担当者に刑事罰だとか、罰金が科されるとしても、担当者を萎縮させるのは、おそらく、その罰則ではなく、企業側から通報者の漏洩を促される恐れです。それは絶対にしてはいけないのです。
なぜなら、今回の法改正は通報者を守ることが主目的ですが、実は、それが企業を守ることに繋がる仕組みも目指して設計されているからです。
このことは、四つ目のポイントにも繋がります。それは、外部通報要件が緩和されることです。
公益通報者保護法では、社内に通報することを1号通報。行政機関に通報することを2号通報。そして、マスコミや報道機関などに通報することを3号通報としています。外部に公益通報を行う場合には、企業の利益とのバランスを考えなければなりませんので、通報先によって、通報者が保護される要件が異なる内容になっています。
一番ハードルが低いのが1号通報です。これはおかしいと思料すれば、それだけで通報でき、保護もされます。
ところが、2号通報をする場合は、従来であれば、真実相当性、すなわち合理的な証拠を示さなければ受け付けられませんでした。
しかし、今回の改正では、通報内容とそう思った理由を書面にして、氏名を明らかにした上で提出すれば、それだけで受け付けられ、保護もされるようになります。要は、厳密な証拠などの提出はいらなくなるのです。
さらに、各市町村の役所も受け付け窓口とし、消費者庁で一元管理する想定です。つまり、身近な場所に、無理なく通報でき、その後の調査なども間違いなく行われる仕組みになることが期待されています。
3号通報の保護要件も緩和されました。「社内に通報すると情報漏洩される場合」や「財産に対する回復困難もしくは重大な損害が生じる急迫した危険がある場合」が追加されました。ただし、民間企業であるマスコミなどに守秘義務を課すことはできませんし、通報内容は報道されることにもなります。そのため安易なマスコミへの通報は企業に対して多大な損害を与えるおそれがありますので、通報対象事実についても、追加された保護要件についても「信じるに足る相当の理由」つまり、合理的な証拠がなければ、保護の対象とはならない点には変わりありません。
しかし、こうした外部通報がしやすくなることは、先に述べたように、内部通報体制の構築が努力義務に止まる従業員300人以下の中小企業の従業員でも、公益通報が容易にできる道筋ができたことになります。その意義は大きいと思います。
また、内部通報体制があっても形ばかりで、通報を受けてもなにもしないとか、通報者の氏名が知られてしまうような企業では、従業員は内部通報を避け、保護要件が比較的軽い2号通報を行う可能性が高くなると考えられます。
すると、そのような企業では、企業自身が把握していなかったような不祥事を行政機関の方が先に把握しているとか、最悪の場合、いきなりマスコミによって公になる、というリスクが高まることになるのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。