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2026.06.11

焼け残った木々は何を見てきたのか?戦禍の記憶を伝える「戦災樹木」

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木々を介した身体感覚としての「戦争の記憶」

 私がこの研究を始めた当初は、正直なところ、ほとんど注目されることはありませんでした。しかし戦後75年を過ぎた頃から、徐々にメディアから取材を受けるようになりました。戦争を直接体験した世代の方々が次々と亡くなるなかで、いかにして戦争という「負の歴史」を次世代へ伝えていくのかという問題が社会全体の大きな課題として意識され始めたのではないでしょうか。

 また、同じ時期には、ウクライナやパレスチナなど世界各地で戦争が現実のものとして起きています。そうした不穏な動きが続くなかで、改めて「平和の大切さ」や「戦争をしてはいけない」という認識が、社会的な空気として高まってきていることもまた戦災樹木へ関心が向けられるようになった一因だと感じています。

 日本の都市は、もともと木造建築が中心でした。そのため、戦争の傷跡が物理的な形で残りにくい環境にあります。ヨーロッパ、とりわけドイツなどでは石造建築の文化が根づいているため、街中の建物や墓石などに弾痕がそのまま残り、意図的に除去しない限り長く可視化され続けます。しかし日本では、焼失した建物は建て替えられ、戦争の痕跡は風景から消えていきました。

 ところが樹木に目を向けてみると、意外なほど身近な場所に戦争の傷跡を今も生々しく残している存在があることに気づかされます。書籍やインターネットを通じて文字や画像で戦争に触れることも重要ですが、実際にその場に行って戦災樹木に触れる体験は、人の感覚に直接訴えかける力を持っています。

 その焼け跡に触ると、今でも指先に黒い炭が付くことがあります。その瞬間、「戦争は過去の出来事ではなく、確かにここにあった」という事実を身体感覚として実感することができるのです。

 樹木は、移植を含めて適切に保全すれば、人の寿命を超えて、何百年も生き続ける可能性を持っています。戦争の記憶を伝える一つの「媒体」として考えたときに、「生きた証人」として長い時間を存在し続ける点は、唯一無二の特性だと思います。

 本来であればこうした樹木は、国や自治体が率先して記録し、保存に取り組むべき対象ではないでしょうか。私の研究は、全国に戦災樹木が一定数残存していることを明らかにした第一歩に過ぎません。今こそ、公的な枠組みのなかでどのように保全していくのかを考えてもらう段階に来ていると感じています。

 主な戦災被災都市158都市を対象に調査を進めてきましたが、2025年末の段階で、残すところあと6都市となりました。これまでほぼ自力で続けてきましたが、ようやくゴールが見えてきています。近いうちに全都市の調査を終え、戦災樹木という「生きた証人」を次の世代へ確かにつなぐための基盤を整えたいと考えています。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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