自然と「共存」するノルウェー、「所有」する日本
ノルウェーと日本を比べる時、まず人口密度の違いが大きな要素として挙げられます。ノルウェーは人口密度が低いため、このような余裕のある活動ができるという点は否めません。したがって、そのまま日本に当てはめて比較するには無理がありますが、その上でなお、日本においても参考にすべき部分もあります。
ノルウェーでは都市から少し歩けば人気のない山や森があり、ちょっとした散歩みたいにトレッキングやクロスカントリースキーをするという感覚が根付いています。特別な準備や長距離移動をしなくても、日常生活のすぐそばに自然が存在しているのです。

この「自然が生活圏と地続きである」という状況が、フリルフツリーブの文化を強く支えています。自然を大切にする姿勢は都市計画にも明確に表れており、たとえば首都オスロでは、都市周辺に手を加えてはならない“開発禁止エリア”を設け、都会の中にも森林を残しています。
また、ノルウェーを含むヨーロッパのいくつかの国には「自然享受権」と呼ばれる慣習法が存在することも重要です。国によって名称や運用は異なりますが、「自然はすべての人にとって不可欠な資源であり、誰もが無条件にアクセスし、利用できるべきである」という考え方を基盤にしています。
ノルウェーの自然享受権の内容には、「通過する権利」、「自然の中で滞在する(宿泊する)権利」、「収穫する権利」の三つが含まれています。1957年に施行された野外活動法(Friluftsloven)の規定により、人びとは徒歩やスキーで自由に郊外を歩くことができ、湖や川にはカヌーやカヤックで漕ぎ出せます。一定の条件のもとでテントを張って宿泊も可能で、海や湖で泳ぐことも認められています。こうした包括的な権利が制度として保障されているからこそ、個人が自由に楽しめる文化として成立しているのです。
一方、日本では自然の利用について、しばしば「規制」を中心に議論されます。たとえば富士山ではオーバーツーリズムや弾丸登山を抑制するため、通行料や入山規制が導入されました。安全対策や環境保全の観点からは理解できますが、「自然は誰のものなのか」という根本的な問いはあまり俎上に載せられません。多くの場面で土地所有者の権利が相対的に優先され、結果として自然を利用したい人々の自由度が制限されがちです。この対比は、ノルウェーと現代日本の価値観の違いを浮かび上がらせているように思います。
フリルフツリーブを幼少期から経験すると、自然の中で環境に負荷をかけないための知識や技術が自然と身につきます。ゴミの扱い方、火の始末、必要以上の物を持ち込まない工夫など、ノルウェーでは“自然と共存するためのスキル”が広く浸透しているからこそ、多くの人が無理なく自然と共存できているのではないかと感じています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
