多様な特性への対応をめざす、「感覚にやさしい社会生活環境」の整備
感覚にやさしい社会生活環境整備は、日本でもさまざまな場所で進んでいます。推進には、我々研究者が有する、建築環境工学の専門知識も活用されています。
たとえばイギリスやオーストラリアなどのスーパーでは、「光が強すぎる」「うるさすぎる」といった困りごとを抱えている人が買い物しやすいように、特定の曜日や時間帯に光や音の刺激を抑えた「クワイエットアワー」が設けられています。
これら海外の取り組みを参考にして2018年、神奈川県川崎市が日本で初めてクワイエットアワーに取り組みました。私たちも、どのように環境刺激を抑えたらいいか助言し、その後、川崎市が事業者向けの手引きを作成。今では、ドラッグストアや家電両販店でも、クワイエットアワーが実施されています。
同じく2018年に、東京の神楽坂で映画の「センサリーフレンドリー上映」と呼ばれる試写会が初めて行われました。これは、映画の大きな音が出るシーンは音量を抑えたり、上映中、静かに座っていられなくなったときには自由に出入りできるようにしたり、落ち着きを取り戻すためのカームダウンスペースを設けたりするというもの。一般社団法人日本自閉症協会などの当事者団体も協力して実施されました。その後、少しずつ全国に広がっており、私達も港区や高知県での上映会に協力しながら、事業者向けのガイドの作成を試みています。

スポーツ観戦については、サッカー競技場を中心に取組みが広がっています。イギリスでの先行事例に倣う形で、2019年頃から、川崎市等々力スタジアム、国立競技場、調布市味の素スタジアムなどで、騒がしい一般席では観戦できない子どもたちに向けた「センサリールーム」を用意。近年は、広島、大阪、神戸など、新しくできた競技場に常設されるようになってきています。

イギリスやアメリカの美術館などで公開されている「センサリーマップ」の作成も、徐々に進んでいます。これは、特徴的な光や音がある場所をマーキングし、感覚刺激を見える化した地図です。予期せぬ出来事があると混乱しやすいASDの方も、あらかじめ予測できれば対応の助けになります。
私たちの研究室でも、東京国立博物館が2022年に創立150周年記念事業としてセンサリーマップを作成するにあたり、当事者の方へのヒアリング結果を手掛かりに、館内の環境の調査・計測を担当しました。一口に「音の刺激が強い」と言っても、エントランスの吹き抜けは反響が大きかったり、ラウンジは自動ドアが開くとエアカーテンの音がうるさかったりと、さまざまです。このような「質的な部分も含めた情報提供がほしい」という当事者の方の意見を取り入れ、集約していきました。

音や光など感覚的なことは見えにくく、社会的な普及が難しいと捉えられがちですが、それほど高度な技術がなければできないことではなく、スマートフォンでの簡易計測結果を参考にすることもできます。事業者側のハードルを下げられれば、普及しやすくなるはず。私たちの研究室では、センサリーイベント実施やセンサリーマップ作成のためのガイドをつくるための情報提供に取り組んでいます。刺激になりやすい環境の質的な特徴や、「この数値を超えると刺激が強い」といった量的な目安がわかる手引きができれば、各地で広がっていくことが期待できます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
