LGBTをめぐる最近の最高裁判決
他にも、人々の憲法に関する直感的理解でありがちな間違いとしては、「公共の福祉に反することをやってはいけない」という誤解が挙げられます。
たしかに、日本国憲法には〈すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。〉(13条)のように、「公共の福祉」という表現がいくつか出てきます。
しかし、公共の福祉を「他人の迷惑」とか「違和感」や「不安感」といった程度に置き換えてはいけません。学説によって幅はありますが、あくまで「自由」が原則で、例外的に公共の福祉によってそれが制限されうる、というのが憲法学の一般的な考え方です。むしろ「自由が制限されるとき、その制限をどのように制限していくか」を憲法学者は考えています。
この「違和感」に関する一例としては、経産省に勤務するトランスジェンダーの職員のトイレ使用をめぐって争われた裁判の最高裁判決が挙げられます。あらためて判決文などから経緯を振り返ってみましょう。
職員のAさんは、戸籍上は男性ですが性同一性障害と診断され、女性として社会生活を送っています。健康上の理由で性別適合手術はしていません。
Aさんは経産省の上司に性同一性障害であることを伝え、同省の担当者に対して女性の服装での勤務や女性トイレの使用等を要望しました。これを受けて同省担当者は、同僚職員らに対する説明会を開催。Aさんの女性トイレ使用について職員らに意見を求めたところ、「数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えた」といいます。
経産省は説明会でのやりとりを踏まえ、Aさんの職場の執務室があるフロアの女性トイレの使用を認めず、男性用トイレを使うか、2階以上離れた女性用トイレを使うよう処遇しました。Aさんは人事院に改善を求めましたが、人事院は女性トイレの制限に問題はないと判断しました。
Aさんは、女性用トイレの使用制限は不当だとして国を提訴しました。一審(違法)と二審(適法)で判断が分かれましたが、2023年7月11日、最高裁は女性トイレの使用制限を認めた人事院の判定は違法であるとする判決を言い渡し、Aさんの勝訴が確定しました。
判決では、Aさんの客観的・具体的な事情を鑑みた上で、人事院の判断は他の職員に対する配慮を過度に重視しているとの法廷意見(裁判官全員一致の意見)が出されました。
補足意見においては、トイレ使用の制約と女性職員の「違和感・羞恥心」との利益の衡量・調整について述べられています。
たとえば渡邉惠理子裁判官はその中で、個人が真に自らの性自認に基づいて社会生活を送ることは人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益であるとして、女性職員が説明会で「違和感」を抱いているように「見えた」という感覚的・抽象的な理由をもって一方的な制約を課すのは合理性を欠くと指摘しています。
人が持つ根本的な権利が制限されるハードルは、人々が直感的に考えているよりもはるかに高いのです。私人間においても、少なくとも具体的で相当な不利益が生じている場合でない限りは認められません。
2023年10月25日には、最高裁は、家庭裁判所で性別変更する際の性同一性障害特例法の要件で、「生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」(精巣または卵巣の摘出手術など)の合憲性が争われた家事審判で違憲の決定を出しました。
憲法13条から「身体への侵襲を受けない自由」を導き出し、この要件が生殖線除去手術を受けることを甘受するか、性自認に従った性別変更を断念するかの「過酷な二者択一を迫る」ものとして過剰な制約であり、違憲としました。画期的な判決です。
2003年に性同一性障害特例法が制定された時とは異なり、現在の性同一性障害の治療では、ホルモン療法、乳房切除術、生殖腺除去手術、外性器の除去術または外性器の形成術などが選べるようになっているようで、医学的知見の進展に法律が追い付いていない状況も今回の違憲決定の理由となっています。
少数意見(反対意見)では、その他の要件である「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」も違憲としています。この要件は外性器除去・形成術やホルモン療法などが必要となりますが、これも「過酷な二者択一を迫る」ものとして違憲としています。
今後、改正に向けて、国会での迅速な審議が期待されます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。