自分自身を知ることが変わるきっかけになる
金融行動を心理学から捉えることが有効なのは、人の行動は合理的ばかりではないからです。
たとえば、「金融ビッグバン」ということばを覚えているでしょうか。そもそもは、1986年にイギリスで、証券市場に競争原理を導入して国際競争力を強化する改革を行ったときに使われた言葉です。
日本では、1996年に始まった金融制度の大規模な改革のときに言われました。その改革のひとつが、個人の貯蓄から投資への促進です。超低金利という金融政策がとられたのも、それを目指す目的がありました。
確かに、低金利というインセンティブが与えられれば、預金から投資に移るというのが合理的な考え方です。
ところが、日本人の個人投資はそれほど増えていません。つまり、合理性だけでは説明がつかない、心理的な要因やメカニズムがそこにあるのです。心理学は、それを捉えることができます。
では、その要因やメカニズムを捉えることによって、なにを変えることができるのか。
例えば、その人の行動パターンを自ら理解し、必要に応じて変化させて個別最適化した金融商品の選択ができると考えられます。
投資行動を妨げる要因として、損失不安が高いことがあるならば、そうした人たちには、国債や元本保証の商品を重点的に勧めることができるはずです。要は、金融商品のパーソナライズです。
むしろ、パーソナライズすることで多様性が生まれ、それは、ポートフォリオを広げ、投資全般のリスクを低減させたり、様々な形の金融危機を乗り越える力になっていく可能性があります。
一方で、リスクをとることを非常に恐れる志向の人があまりにも多いことがわかれば、それを変えていく試みもできると思います。例えば、教育です。
日本では、小学校から大学まで、正解を見つける教育が中心です。ひとつの正解に向かって真っ直ぐ進むことは効率的なことではありますが、様々な可能性に目を向けることを止めさせてしまうことでもあります。
それはリスクをとって新しいことを始める発想とは対極にあると言えます。幼いころから、リスクをとると損失があることもあればリターンを得ることもあることを学ぶべきでしょう。
時には失敗をしてもリスクをとる必要があることを学ぶことで、日本からイノベーションが生まれなくなったといわれる状況を変えるきっかけにもなるかもしれません。
そうした思考を育むことは、金融行動に限らず、日本をより良い社会に変えていくためにも大切なことだと思います。
皆さんも、自分の特性や志向、行動パターンを知ることから始めてみてください。
そのとき気をつけてほしいのが、心理尺度を開発したり、使い方を知っている心理学の専門家の声を聞くことです。企業の産業医の中には臨床心理士の先生がいる場合もあります。
身近にそういった先生がいなければ、専門家の本などを読んでみるのも良いと思います。そこには心理測定尺度のようなものが付いていて、自分自身を知るきっかけになると思います。
自分の行動を集合知であるスマホのAIで決めたり、一概に、男性だから、女性だからとか、高齢だから、若いから、こうすべきだなどと考えずに、無理や強制なく自分なりのやり方や、自分の行動パターンを知った上で、現状を改善していくことにも繋がっていくと思います。
多様化とか、個性を活かす社会といっても、まず、個々人が自分のことを知っていなくては、個別最適化することもできないのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。