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2023.12.07

数学的見地から、生物多様性の保全をはじめとする社会課題の解決へ

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他分野連携とAIの利活用で、高精度の解析を目指す

 数学には、大きく分けて純粋数学と応用数学の2つがあります。前者は、代数学・幾何学・解析学などに代表される、抽象的な数学の概念そのものを研究対象とする学問。後者は、数学理論を自然科学や社会科学、産業の分野に応用することを目的に発展してきた学問を指します。海外では両者が並列に考えられることが多い一方、日本ではどちらかというと純粋数学がより高次な学問として捉えられてきました。

 しかし、近年では数学の知見をさまざまな分野の発展に生かそうとする動きが進んでいます。平成18(2006)年5月に文部科学省が発行した報告書「忘れられた科学 ― 数学」では、国内の数学研究の状況の厳しさを指摘するとともに、分野融合的な取り組みへの熱い期待が寄せられました。数学という学問を発展させることも大切ですが、これからは「数学的知見をいかに社会に還元していくか」が数学研究の鍵となることでしょう。

 先に挙げた生物多様性の保全以外にも、活用の道は多く開かれています。医療分野における具体例を見てみましょう。

 人体には、内部環境を一定の状態に保つ「恒常性」という機能が備わっています。例えば、血糖値は食後に上昇しますが、健康な人であればやがて下がり、一定の値になります。ところが、血糖を正常な範囲に保つインスリンが作用せず、血糖値が異常に高くなると、糖尿病と診断されます。このように、恒常性が崩れると疾病にかかりやすくなるのですが、その詳しいメカニズムは未だ判明していません。解明の糸口として期待されるのが、数理モデルを活用した研究です。実際の患者からデータを収集するとなると大変な手間と時間がかかりますが、数理モデルを使用すれば患者に負荷をかけることなく短時間で膨大な解析が可能になります。応用が進めば、さまざまな疾病予防に役立てられるはずです。

 さらに、今後注目していきたいのがAIの利活用です。例えば、生物群が生息地においてどのように勢力を拡大、あるいは縮小していくかを実際に計測することは容易ではありません。しかし、AIを使えばさまざまなパラメータの値を推定し、個体群動態モデルに反映することができます。AI技術が進歩すれば、いずれは数学の難問が解き明かされる日も来るかもしれません。

 数理モデルを使ってさまざまな現象をシミュレーションできるようになったとはいえ、複雑な事象の解析には、まだまだ数学は力不足であり、今後も発展していかねばなりません。人にせよAIにせよ、画期的なブレイクスルーを生み出してくれることを願っています。


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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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