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インテリジェンス研究:安全と権利自由の「両立」をいかにして実現するか

小林 良樹 小林 良樹 明治大学 専門職大学院 ガバナンス研究科 特任教授

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インテリジェンス研究とは、ごく簡単に言うと「国の安全保障に関わる情報機関等のシステムの適切な在り方」を考える学問分野です。映画やドラマなどで見るイギリスのMI6やアメリカのCIAを思い浮かべる人も多いかもしれませんし、「自分にはほとんど縁がない世界の話だ」と思う方も多いかもしれません。しかし、こうしたシステムをどのように構築するかは、私たち一般人の生活にも影響を及ぼす可能性があるテーマです。

インテリジェンスとは安全保障に関する意思決定を支援するシステム

小林 良樹 Intelligence(インテリジェンス)と言うと、一般的には「知識」を指す言葉として用いられます。しかし、安全保障研究の分野においては、例えば「政策決定者が国家安全保障上の問題に関して判断を行うために、政策決定者に提供される情報から、分析・加工された知識のプロダクト」、あるいは「そうしたプロダクトを生産するプロセス」と定義されます。

 つまり、「国の最高指導者、例えば総理大臣や大統領が安全保障に関わる判断を行う際に、そうした判断を支援するために、客観的な分析等を提供するシステム」と言えます。

 少々難しく聞こえるかもしれませんが、例えば、日々の生活で馴染みの深い「天気予報」にも似た機能があります。

 私たちの多くは、毎朝、「今日は傘を持って行くかどうか」を判断する必要があります。しかし、単に空の様子を眺めただけで的確な判断をするのは難しいことです。

 では、気温、気圧、湿度、風向、風力などのいわゆる「素材情報」を与えられれば的確な判断ができるでしょうか。専門家でない限り、多くの人にとってはそうした素材情報だけに基づいて的確な判断を下すことはやはり困難でしょう。

 しかし、気象庁の専門家がそうした気象データ(素材情報)を基に分析を行い降水確率等を示してくれると、専門家ではない我々一般人でも的確な判断を行いやすくなります。

 同じように、国家の安全保障政策に関しても、如何に有能なリーダーであっても、いわば素材情報だけに基づいて的確な判断を行うことは非常に困難です。

 例えば架空の話として、「北朝鮮がミサイル発射を行った」というニュース速報がリーダーのもとに届いた場合を考えてみます。どのように対応をすべきか、「やみくも」に判断することはできないでしょう。的確な判断を行うためにはまず、「実際には何が起こったのか(例えば、ミサイル発射は事実なのか、事実ならそれは短距離ミサイルなのか、大陸間弾道ミサイルなのか、どこに落ちたのか等)」に関する情報が必要です(事実確認)。

 さらに、「なぜそのようなことが起こったのか」(背景分析)、「今後どのようなことが起こると考えられるか」(将来予測)などに関する分析も必要です。ここまでの業務、すなわち「情勢評価」が政府の中のインテリジェンス部門の仕事です。

 加えて、こうした情勢評価を基に、自分たちが取るべきいくつかの政策オプション(例えば、軍事的な報復、外交的な対話、静観等)とそれぞれの政策オプションのメリット・デメリットが示されることも必要です。この部分は政府の中の政策立案部門(日本の場合は内閣官房の国家安全保障局など)の仕事です。

 こうした「情勢評価」と「政策立案」のプロセスを経て初めて、トップリーダーは的確な判断を行うことが可能となります。こうした一連の政策決定プロセスの中の最初の部分、すなわち、「政策立案部門による政策立案」や「政策決定者の判断」の基となる「情勢評価等を提供するシステム」をインテリジェンスというわけです。

 このように、インテリジェンスとは、国家の安全保障政策にとって不可欠なシステムです。「インテリジェンス機能は不要だ」と言うことは、安全保障上の重大な政策決定に関して政策決定者(リーダー)が根拠も無く「やみくも」に判断を行うことを認めることと同義になります。

 こうしたインテリジェンスを実施に担当する組織として、一般にはイギリスのMI6や、アメリカのCIAを思い浮かべる人が多いと思います。日本にもインテリジェンス・コミュニティ―と呼ばれる、インテリジェンス業務に携わる様々な組織のグループがあります。

 具体的には、内閣官房の内閣情報調査室を始め、防衛省、外務省、警察庁、公安調査庁が主要なメンバーとされています。ただし、日本の場合は歴史的経緯もあり、英米等の西側先進国に比較して、インテリジェンスの組織、機能は小規模かつ限定的なものとなっています。

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