音声をデフォルメするツールの普及によって、新しい音声表現が生まれる
音声合成技術は、ここ数年で一気に向上しました。私たちの生活に役立つ実用化は、様々な分野でさらに進んでいくと思います。
私は、音声合成の可能性として、「人間を超える声」の研究を行っています。
例えば、絵画は、目に見えるものを正確に描く写実はもとより、作者の思いを象徴的に表現する手法や、人物をデフォルメして、そんな人間は実際にはいないが、逞しさや動きなどを人間以上に誇張したイラストなど、様々な表現のレベルに発展しています。
人の声を正確に再現するレベルに達した合成音声も、今後は絵画のような発展の可能性があると思うのです。
例えば、人には出せないが、魅力的な声を出すことです。
この声を聞くと元気になるとか、楽しくなる。あるいは、眠くなる、逆に、朝、この声で起こされるとシャキッと目覚めるなど、ある意味、人の能力を際立たせるための合成音声です。
実際、合成音声によってキャラクターを際立たせたアニメが作られたり、歌手の声を合成音声的に加工した音楽がヒットしたりしています。
こうしたエンターテインメントのコンテンツとして、音声合成技術は発展する可能性は大きいと思います。
他にも、情報を読み上げる合成音声を圧縮言語にして、例えば同じ時間で通常の朗読の5倍の情報量を伝えるアイデアもあります。
人は圧縮言語など話せませんが、理解はできる圧縮言語を合成音声が発信することができれば、それこそ「人間を超える声」です。
音声合成技術には、こうした可能性があると思います。
音声のこうした可能性を探る取り組みとして、音声をデフォルメする技術の普及があると考えています。
先に述べたように、音声の高さや音色を加工することは、もう難しいことではありません。
いま、画像をデフォルメするソフトや機械があり、多くの人がそれで楽しんでいるように、音声にも本格的なデフォルメを簡単に楽しめるツールがあれば、そこから新しい表現が生まれると思うのです。
つまり、音声合成技術の可能性を広げるのは、そのツールを作る研究者たちではなく、自由な発想で新しい表現を生み出す、多くのいろんな人たちだと思っています。
だからこそ、特に、若い人には耳を大切にして欲しいと思います。
実は、耳は消耗品で、加齢とともに劣化します。それが、ライブやヘッドフォンで大音量にさらされ続けると、若くても劣化が進み、最悪の場合、若いうちから難聴になることもあります。
耳は一度壊れてしまうと、いまの技術で完璧に治すことは難しいのです。
音楽などは適切な音量で楽しんでほしいですし、大音量を聞くことがあっても、それを続けずに、一度聴いた後は、しばらく安静にすることが大切です。要は、耳を酷使しないことです。
これから、合成音声による表現の可能性が大きく広がる時代になると思います。ぜひ、耳は大切にしてください。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。