研究の裏話自分の経験とは別のレンズを通して社会を見る
教授陣によるリレーコラム/研究の裏話【13】
私はもともと福祉職の公務員として、生活保護や児童虐待などの現場で働いてきました。その後、働きながら大学院で学び、現在は教員として研究と教育に携わっています。
もっとも、その道のりは決して順調なものではありませんでした。
博士後期課程に進学した当時、私は児童相談所などで働きながら研究を続けていました。仕事に加えて子育てもあり、さらに論文執筆もしなければなりません。仕事、家庭、研究という三つの課題を同時に抱える生活は想像以上に大変で、家族に負担をかけてしまったこともありましたし、仕事が忙しくて研究が進まない時期もありました。
また、社会人研究者ならではの苦労もありました。福祉の現場では一定の経験を積み、自分なりの専門性も身につけてきたつもりでした。しかし、学術論文を書くことは、それとはまったく別の能力を求められる世界だったのです。
現場で必要とされるのは、目の前の課題を解決する力です。一方で研究では、自分の考えや経験を客観的な根拠によって裏づけ、先行研究との関係の中で位置づけなければなりません。その「筋肉」の違いに戸惑い、研究者としての考え方を身につけるまでには数年かかりました。
特に印象的だったのは、過去の文献に対する見方が大きく変わったことです。
研究を始めた頃の私は、30年も40年も前の本を読み込むことに、正直なところあまり意味を感じていませんでした。現場では次々に新しい課題が生まれます。「昔の議論より、今起きている問題の方が大事ではないか」と考えていたのです。
ところが、実際に文献を読み進めるうちに、その考えは変わりました。現在私たちが直面している問題の多くは、実は過去にも議論されており、その原因や課題もある程度整理されていました。「なぜ同じ問題が繰り返されるのか」「なぜ制度がうまく機能しないのか」。それらが歴史を辿ることで見えてくることが少なくなかったのです。
現在、私が所属する専門職大学院には、地方議員や行政職員、NPO関係者、企業人など、さまざまな実務家が学びに来ています。多くの学生は、「この社会問題を解決したい」という強い思いを持っています。しかし同時に、「この問題はまだ誰も扱ったことがない」と考えている人も少なくありません。
そんなとき私は、まず過去の議論を調べてみることを勧めます。すると、自分が新しいと思っていた考えが、実は何十年も前から議論されていたことに気づくことがあります。
学問とは、まったく新しいものを突然生み出す営みではありません。先人たちが積み重ねてきた知識や議論を理解し、その上に新しい一歩を加えていく作業です。古きを学び、その先に新しい知見を見いだす。その積み重ねによって社会も学問も発展してきました。
だから私は学生たちに、「一つの見方だけで世の中を判断しないでほしい」と伝えています。自分が当たり前だと思っている見方とは別のレンズを通して社会を見ると、これまで見えなかった景色が現れることがあります。
研究の面白さとは、まさにその瞬間にあるのかもしれません。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
