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簡単に答えがでない「モヤモヤ」を大切に
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教授陣によるリレーコラム/学びを加速させるアドバイス【23】

私は公共政策大学院で教鞭をとっています。社会人学生の方々も多く在籍しており、講義の最中や終わりに「早く『正解』を教えてください」と聞かれることがあります。

仕事も家庭も忙しい中で通っている方が多いので、できるだけ効率的に学びたいという気持ちはよくわかります。ですが、私がいつも申し上げているのは、「世の中の課題の多くには、唯一の明確な『正解』が存在しない」ということです。

むしろ現実の社会問題は、立場や価値観によって見え方が変わり、解釈も方法論も複数あります。そうした多様な見方を突き合わせ、議論を重ねながら、最終的に“暫定的な合意”として導かれるもの——それが、公共政策研究における「取り敢えずの答え」かもしれません。

したがって、「唯一の『正解』を知る」という前提では、学びの本質にたどり着くことが困難になるかもしれません。

もちろん、このプロセスには手間がかかります。学生の方々中には「はっきりした『答え』が出ないこと」にもどかしさを感じる方もいらっしゃるでしょう。

しかし、私はそのモヤモヤこそが、学びのもっとも貴重な時間だと考えています。なぜなら、考えが揺らぐ瞬間にこそ、自分の中の前提や価値観が問い直され、学びが深まると考えられるからです。

大学での学びにおいては、「正解」を急ぐよりも、こうした「わからないモヤモヤ」感を楽しむような姿勢で臨む方が良いのかもしれません。後から振り返ってみると、そうした一見迂遠なコースを辿ることによって、結果として、はるかに学びは深まっているのではないでしょうか。

加えて言えば、学びを加速させる鍵は「正しい『答え』」ではなく「良質な『問い』」にあるかもしれません。

学生の方々とのやり取りの中でよく感じるのは、「『答え』がいま一つ腑に落ちないときは、そもそも『問い』の立て方が適切ではない、あるいは曖昧な場合が多い」ということです。納得できる「答え」にたどり着きたいなら、まず「問い」の精度を上げる必要があると考えられます。

これは生成AIの時代にも通じる話かもしれません。AIに投げかけるプロンプト(指示)が不適切あるいは曖昧であれば、返ってくる回答も「いまひとつ」のものとなります。

AIも人間も同じで、質の高い「問い」があってこそ、質の高い思考や対話が生まれる。そう考えれば、これからの社会人にとって重要なのは、コスパ・タイパ良く「答え」を見つける力よりも、むしろ適切な「問い」を立てる力ではないでしょうか。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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