
日本語を学ぶ学習者にとって、特殊拍や清濁、アクセントなどの発音や聞き取りは、大きな課題となることがあります。しかし、それを補う教育現場の体制はまだ十分とは言えません。本記事では、音声教育の視点から日本語教育の課題を考察し、「多様な日本語」を受け入れる社会の可能性を探ります。
非母語話者には難しい日本語の発音
コロナ禍が落ち着き、日本で暮らす外国人や日本語を母語としない人の数が増えてきています。日本語を学ぶ理由はコミュニケーション、学業、仕事など様々ですが、その過程で発音に課題を感じる日本語学習者(以下、学習者)も多いです。
私は、日本語教育・日本語音声学を専門にしており、留学生向けの日本語科目を担当しています。なかでも専門とするのは、促音「っ」、長音「ー」、撥音「ん」といった特殊拍です。これらは学習者にとって特に習得が難しいと言われています。
多くの学習者は、自身の母語において、モーラ(mora)という日本語の音のまとまりを捉える感覚を持っていません。そのため、「一生懸命」や「ヨーロッパ」のようなモーラリズムの発音が難しくなることがあるのです。
また、日本語では濁点の有無が意味に影響を与えるケースが多くあります。「大学(だいがく)」と「退学(たいがく)」のような単語の違いです。しかし、中国語や韓国語のようにこれらの音の違いを区別しない言語を母語とする人にとっては、「た」と「だ」の使い分けが難しいことがあります。
ほかにも、外国語母語話者が日本語を話す際、母語の影響などによって発音に独特の特徴が見られることがあります。
たとえば、韓国語母語話者の場合、「ざ」行が「じゃ」行に近くなったり、「つ」が「ちゅ」になったりすることが多く見られます。そのため、「机(つくえ)」が「ちゅくえ」と発音されるなどして、幼く聞こえてしまうこともあります。こうした場合には、まずは、「す」の発音を指導しますが、それが難しい場合には、代用として「すくえ」と発音することで、聞き手に違和感を与えにくくするように指導することもあります。場面に応じて柔軟に対応することが学習者の負担を減らす上で重要です。
また、アラビア語は、母音の数が少ないため、日本語の母音を混同しやすく、「猫(ねこ)」が「肉(にく)」に聞こえるといったことが起こる場合があります。一方、英語は母音の数が日本語よりも多く、かつ日本語とは異なるアクセント体系を持っているため、「かわいい」と「こわい」の発音の差が曖昧になり、意図が伝わりにくくなることがあります。
さらに、中国語やベトナム語のように声調を持つ言語を母語とする人は、日本語のアクセントに戸惑いを感じる場合があります。声調の段階が多いこれらの言語では、「どこまで音を上げ下げすればいいか」が分からず混乱することがあるのです。
また、地域や方言によってもアクセントが異なるため、これも学習者の負担を増やす要因となります。
こうした違いがコミュニケーションに影響を与える場合、日本語の音声学的な仕組みを学ぶことが、スムーズな会話の実現や学習者の日本語能力の向上に役立つと考えられます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。