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「空間の放射線が作物に移る」ことはない!! 風評被害は誤解から生まれる

  • 明治大学 農学部 教授
  • 登尾 浩助

2011年に起きた福島第一原子力発電所の事故による風評被害は、いまだに尾を引いているといいます。最近では、築地市場の移転先であった豊洲で、土壌汚染対策のための盛り土が一部でなされていなかったことが発覚し、早くも今後の風評被害を心配する声が上がっています。なぜ風評被害が起こるのか、それは、情報を発信する側に論理的思考が欠如しているからだといいます。

真摯に検証を積み重ねることが科学者の姿勢

登尾 浩助 私の研究分野である土壌物理学は一般の方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、その研究は広範囲にわたっており、皆さんの“常識”をくつがえすような研究もあります。例えば、私の研究室である「土地資源学研究室」のテーマのひとつは、農地から発生する温室効果ガスです。温室効果ガスといえば、工場や都市の生活機能から排出される二酸化炭素(CO2)のことと思いがちですが、水田から発生しているメタンはCO2の約30倍の温室効果がありますし、亜酸化窒素は300倍くらいもの威力があります。実は、水田に水を張ると嫌気的条件になってメタンが発生し、水を落として乾かすと、好気的条件になって亜酸化窒素が発生するメカニズムがあるのです。そこで私たちは、米の収穫量を下げずに、なおかつメタンや亜酸化窒素の発生を少なくするにはどうしたら良いのか、ということに取組んでいます。また、この研究のために開発したガスの測定装置を船に積んで、海洋と大気の間のメタンガスの行き来を調査する研究も始めています。実は専門家の間でも、海洋はCO2の吸収源だといわれたり、メタンに関しては発生源だといわれてきたのですが、理論上の計算だけで、実際にそれを測定して明らかにした例は極めて少なかったのです。私たちの取組みが世界で先がけの検証になります。

 土壌物理学の研究では、こうした観測や調査、検証を積み重ねることによって確証に近づいていきます。しかし、こうした姿勢は土壌物理学に限らず、科学と名のつくものの基本的姿勢です。確かに、確証を得るまでに時間がかかり、歯がゆい思いをすることもありますが、科学者としての立場を考えれば、憶測などで安易に発言することはできないのです。

福島県飯舘村の復興支援に役立てられる研究成果

 いま私たちのグループは、福島の原発事故の復興支援活動に、日頃の研究の成果を活かしています。それは、来年3月には避難指示が解除される予定の飯舘村で、帰村した農家の人たちがまた安心して農業を行えるようにするための取組みです。まず、原発から降り注いだセシウムは地表面から5センチくらいの間にとどまっているので、その5センチの土を剥取って除染がされています。剥取った分は、地元の山から採ってきたきれいな砂を敷くのですが、実は、農地の表層の5センチは、養分や有機物をたっぷり含んでいるとても肥沃なところです。農家の方たちが何代にもわたって作ってきた大切な土壌なのです。そこを剥取り、何の養分もない山砂を敷いたのですから、作物が育ちません。そこで、本学の黒川農場で研究をされてきた先生が考えたのが、点滴灌漑です。もともとは水資源の限られている地域などで活用されてきた灌漑技術ですが、水の中に液肥を入れることで、除染後の農地でも作物を十分に育てることができました。もちろん、収穫した作物にはセシウムは含まれていません。地元の農業委員会の方たちにも、この方法を飯舘村全域に広めていきたいと言っていただけました。私は、土の中の水と養分がどのように拡がっていくのかの検証にたずさわりましたが、科学者として、日頃の研究がこのように活かされるのは非常にうれしいことです。

空間線量が高くても干し柿に移るわけではない。放射線量には誤解が多い

登尾 浩助 都会の消費者にとっては、福島の農村でどのような努力がなされているのかを知る以上に、そこで採れた作物が安全であるのかを知ることが重要でしょう。その意味で、福島で行っている米の全量検査(スクリーニング)、野菜や果物のサンプル検査(モニタリング)は効果的です。原発事故以後、私たちは何回か放射能汚染のシンポジウムを開きましたが、検査が行われる前は、そこに福島県内の生産者の方がおいでになって、「一生懸命作っているので、安心して食べてください」と懸命に訴えていました。その方は、作ったものが安全であっても風評被害で売れない状況を何とかしたいという思いだったのでしょうが、訴えるだけでは消費者は納得しないし、安心もしません。検査が始まり、安全である証拠を数字で提示することで、初めて不安感が薄れていったのです。

 今年の3月に私が行っていたマレーシアの大学付近の放射線量は、0.3μSv/hを越えていました。また、放射能に汚染されているからと日本の海産物の輸入を禁止している韓国の金浦空港の放射線量は、羽田空港の0.06μSv/hよりも高い0.14μSv/hでした。ガンマ線の種類がわかる測定器を持って行って調べたところ、それらはカリウムとトリウムから出ていることがわかりました。カリウムは花崗岩の中に含まれています。朝鮮半島には花崗岩が非常に多く、そのため、その砂利を使ったコンクリートで建てられた建物の付近は自然と放射線量が高くなるのです。マレーシアにもドロマイトという岩石があり、その中にトリウムが含まれています。つまり、自然のままで現在の飯舘村の放射線量と同程度の地域に、人々は昔からずっと生活してきているのです。

 さらに、空間線量が高いからといって、その地域で採れた作物の放射線量が上がるわけではありません。このことは多くの方が誤解しているようで、以前、ある大学の先生が、福島の名物である干し柿の「あんぽ柿」が食べられなくなるという話をされていたので驚いたことがあります。空間線量が高いところに柿を干したからといって、その柿に放射線が移ることはありません。作物の放射線量が高くなるのは、セシウムに汚染された土壌水を根が吸い上げて、植物内に蓄積するからです。外から放射線を浴びせても、それが作物の中に残ることはありません。ちなみに、飯舘村の空間線量は、現在でも0.3μSv/h程度ありますが、先に述べたとおり、新たな農法によって収穫した作物にはセシウムは検出限界以下しか含まれていませんでした。

論理的思考の実践が風評被害をなくす

 最近、話題になった豊洲の地下空間の問題でも、溜まっていた水が高アルカリ性だと大騒ぎになりましたが、おそらく、コンクリート面に長期間溜まっていたからです。コンクリートから溶け出したカルシウム分の影響で水はアルカリ性になったのです。

 これらの問題は、その分野の検証を真摯に行ってきている研究者であれば、科学的知見のもとに正しい情報を発信することができます。しかし科学者や専門家であっても、科学的根拠なしに発言することは、風評被害につながりかねません。科学者であればこそ、科学者として真摯な姿勢と良心を忘れてはいけません。

 また、マスコミにはセンセーショナルな視点に偏るのではなく、まず、しっかりと事実に向合って、わかることと、わからないことを分別し、わからないことをわかるようにしようとする姿勢をもってもらいたいと思います。こうした論理的思考を実践することによって、真摯な科学者との有効な協働が可能になります。そうすれば、風評被害など起こらなくなるはずです。戦後70年、日本は世界の一等国によくぞ成長したと思います。しかし、風評被害が起こるような国はまだまだです。科学とマスコミの協働と向上によって、日本はさらに優れた真の一等国に成長できると思います。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

登尾 浩助

明治大学 農学部 教授

研究分野
農業工学、農業土木学・農村計画学、土壌物理学・環境物理学
研究テーマ
土壌・接地気層中における物質とエネルギー輸送の測定とモデリンク
【キーワード】温室効果ガス、センサー、物質・エネルギー循環
主な著書・論文
  • 『土壌環境を計測するセンサ』(単著・『計測と制御』52巻8号・2013年)
  • 『The effective water management practice for mitigating greenhouse gas emissions and maintaining rice yield in central Japan 』(共著・『Agriculture, Ecosystems and Environment』・2014年)
  • 『福島県飯舘村における水田土壌の物理性』(共著・『土壌の物理性』133号・2016年)

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