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もう、アベノミクスの夢から醒めよう

  • 明治大学 専門職大学院ガバナンス研究科 教授
  • 田中 秀明

2012年11月に安倍内閣が誕生し、3年が過ぎました。その間、アベノミクスといわれる経済政策が推し進められ、停滞していた企業業績は立ち直ってきたといわれます。しかし、ほんとうにそうでしょうか。我々国民はそれほど経済の好転を実感していません。なぜなのか、考えてみる必要があります。

業績を伸ばしても国内に投資しない企業

田中 秀明 安倍首相就任時に比べると、確かに円安になって企業業績が上向き、株価も上がっています。これが本当にアベノミクスの直接的な成果なのかというと、議論はあるところですが、国民や企業に期待感をもたせ、状況を変えたのは事実であり、評価すべき点といえるかもしれません。

 しかし、企業の業績は上がっているのに、給与所得者の収入は物価の上昇もありそれほど上がっていません。また、設備投資も伸びていません。雇用は拡大しているといわれますが、その中身を見ると、非正規雇用の求人が多く、正規雇用の有効求人倍率は、1.0を下回っています。企業業績は過去最高水準といわれながら、なぜ企業は人材や設備に積極的な投資を行わないのでしょうか。その理由のひとつは、日本経済は成長する力が落ちてきていることを、企業の経営者たちが肌で感じているからではないでしょうか。安倍政権は中長期的に実質2%の成長を達成するといっていますが、専門家が推計している日本経済の潜在的成長率は0.5~0.7%程度です。その要因のひとつは、労働力人口の減少です。今後、労働力も消費力も低下していく日本に魅力がないことを感じる経営者たちは、国内より海外に投資しています。いま、円安で高い買い物になるにもかかわらず、海外企業の買収などが盛んに行われています。安倍政権は、設備投資をする企業を減税で後押しするといっていますが、企業にすれば、若い人口が減る日本に投資する気はなかなか起きないのです。

なおざりにされている雇用政策と教育政策

 アベノミクスで取組みが足りないことは、雇用や教育など「ひと」に関することです。例えば、現在の正規雇用を過度に保護する仕組みでは、企業にすればちょっと景気が良くなったからといって、正規雇用を増やすのはリスキーです。そこで安全弁として、非正規雇用の求人が増えるのですが、正規雇用と非正規雇用では待遇面の差があまりにも大きく、非正規雇用の人が経済的に安心して家庭を築くことはできません。経済学的にいえば、非正規雇用は失業のリスクが高いので、その分報酬が高いはずです。実際にはそうではないので、労働市場が歪んでいるといえます。また、夫婦共働きとなれば、子育てをサポートする仕組みが未熟な日本では、出産をためらうのは当然です。

 一国の将来を支えるのは人材です。教育ではフィンランドが有名ですが、同国では教育は政府の最重要政策になっています。しかし、日本では違います。近年では、親の経済状況が子どもの教育を左右する状況になっており、格差の連鎖も指摘されています。財源は限られていますが、教育にもっと資源を投入すべきでしょう。

 2014年4月に、社会保障制度の充実を図るとして消費税がアップされましたが、社会保障が本当に充実したと実感している人がいるでしょうか。アベノミクスなどといって、経済政策の華やかに見えるスローガンばかりを打ち出し、抜本的な改革が必要な雇用を含め社会保障政策や教育政策に本気で取組んでこなかったツケは、結局、経済成長の足かせになるでしょう。「女性の活躍」などといっても、労働市場の改革、扶養控除の見直しなど真に必要な政策―時には痛みの伴う政策―を講じないと、労働力人口が減る日本は衰退の道を加速して進むでしょう。

甘い薬では日本は治らない

田中 秀明 いま、安倍首相は「新三本の矢」など、新たな成長戦略を打ち出していますが、そこには、従来の「三本の矢」を検証した視点がまったく感じられません。「三本の矢」のどこが上手くいき、どこが上手くいかなかったのか、そうしたレビューを踏まえた上で、足りなかったところを強化するために、このような新しい政策を打ち出した、という説明が一切ないのです。その姿勢は、本気で改革に取組むというより、次々と新しい政策を出し、国民に関心をもってもらい、その期待感を選挙の勝利につなげていく意図が感じられます。国民の痛みをともなうような政策を口にすれば、選挙で苦戦するかもしれません。しかし、本当に必要な政策は痛みをともなうものです。良薬は口に苦しといいます。甘い薬ばかりでは、病巣を良くすることはできません。日本経済が低迷している病巣に的を絞った対策をとらなければ、何も変わりません。

 充実した社会保障制度で知られるスウェーデンでは、消費税は25%です。いきなり25%になったわけではなく、段階的に増税していきました。もちろん、スウェーデンの人たちも増税は嫌だったでしょう。しかし、政府が増税の必要性をちゃんと説明し、国民に理解を求めました。国民は政府を信頼し、25%の消費税に納得するとともに、税金が無駄に使われていないか関心をもち、チェックしています。国民に負担を求める政策を説明するのは、政治家にとって困難な仕事でしょう。その政策が受け入れられなければ、選挙で負けてしまうかもしれません。しかし、いま日本の政治家に最も求められる仕事ではないでしょうか。

国民は、有権者としてしっかりとした評価をすべき

 安倍政権は高い経済成長を訴えていますが、裏返していえば、それは、経済の高い成長があれば、構造改革や財政再建はいらないといっているようなものです。楽観論で国民は政府を信頼するでしょうか。先述のように、企業の業績が伸びているのに国民の生活が豊かにならない理由を考えただけでも、楽観論の問題がわかるはずです。債務残高はどんどん増えていますが、それは将来にツケを回すことを意味します。将来のことは、いまの私たちに関係ないと単純にはいえません。人は将来の予測に基づいて行動するものなので、借金が高い国の場合、現政権が将来の増税を意識させるような政策をとっていると、消費や投資を控えていくことが知られています。これを、非ケインズ効果といいます。つまり、安倍政権は経済の好循環を目指しているといいながら、実は悪循環を招いているかもしれません。

 痛みをともなう政策でも、それが将来に必要なものであれば、政治家は国民にちゃんと説明し、国民に納得してもらうように努力すべきです。他方、我々国民は自分たちが払った税金が無駄なく使われているか、関心をもって政府を監視することが必要です。そのためには、国民一人ひとりが政治や経済の問題を、他人ごとではなく自分自身の問題として考え、有権者として選挙において政権を評価することが大切です。この夏の参議院選挙がまさにその機会です。もう、聞こえの良いスローガンに期待し、一時の景気に一喜一憂しているときではありません。

※M's Opinionの記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

プロフィール

田中 秀明

明治大学 専門職大学院ガバナンス研究科 教授

研究分野
予算・会計制度、公共政策・社会保障制度
学位
博士(政策研究)
略歴
1960年 東京都生まれ。
1985年 東京工業大学大学院修士課程修了。同年、大蔵省(現財務省)入省。予算・財政投融資・自由貿易交渉・中央省庁等改革などに携わる一方、国税庁、内閣官房、外務省(在マレーシア日本大使館)、厚生省(現厚労省)などに勤務。
2012年4月より現職。
主な著書・論文
  • 「中小企業のIT経営論」(同友館・2013年)
  • 「日本の財政」(中公新書、2013年)
  • 「民主党政権 失敗の検証」(共著、中公新書、2013年)
  • 「財政規律と予算制度改革」(日本評論社、2011年)
  • 他多数

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