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法律の条文も楽譜も、読み解くスキルは同じだと気づき、視界が開けた
2025.05.21

人生のターニングポイント法律の条文も楽譜も、読み解くスキルは同じだと気づき、視界が開けた

リレーコラム
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教授陣によるリレーコラム/人生のターニングポイント【114】

私のターニングポイントは、大学教員として仕事を始めた頃、法律の条文解釈が、楽譜の解釈で培ったスキルでできると気づいたことです。論文を書くスキルも同様で、このことが学者としての自分のスタイルを決定づける大きな出来事となりました。

もともと私は音大・芸大を志望していました。しかし親に反対され、2浪の末、法学部にだけ合格。本当に仕方なく嫌々法律の勉強をはじめました。バブル崩壊もあり就職できず、大学院に進学し非常勤講師をしてギリギリ生計を立てていました。大学教員として正式に教壇に立つようになったのは32歳のときです。民法の担当教員として8月に採用が決まったのですが、学生時代に専攻していたわけではない民法を教えることとなり、9月からの講義に向けて徹夜で必死になって勉強しました。

しかし、法律はやっぱりそもそも自分のやりたかったことでもないし、同じ法律でも馴染みのない分野をやらなきゃいけない。一からどうアプローチして理解すればいいんだろうと苦労していたときに、改めて法律の姿を見ると、「あっ!」と視界が開ける感覚があったのです。

法律と楽譜の共通点について、一番わかりやすいのが、ベートーヴェンの交響曲第5番、「運命」です。あの最初のワンフレーズだけでも指揮者によって解釈や表現方法が全然違うのですが、楽譜は一つなんですよね。作曲者にどういう人生があり、どういうタイミングで、どういう思いのもとでこのフレーズを作ったのか。音楽では、同じ一つの楽譜を指揮者がそれぞれ読み解いて、それぞれに表現して音楽の世界を創っていくわけです。

法律も楽譜と同じです。法律では一つの条文、楽譜では一つの小節。どちらも紙に書かれた一つのフレーズ。一緒です。それを読み解く。法律の条文もそこにどういう背景があり、そこに何が込められているのか、一見わからない。それを学者は読み解く。そして、実際に使われる現場で、社会で、どう理解しどう解釈してどう使われていくべきなのか、表現して社会を世界を創っていく。実は楽譜を読み解く技術と法律の条文を読み解く技術は変わらないと気づいたんです。

楽譜も法律も、すべてを書き切れているわけじゃない。ジャズのアドリブのように、法律も条文と条文の間に制度上の隙間があり、そこをどう埋めていくかがカギを握ります。楽譜の解釈とのつながりが見えてきたことで、法律の世界の色合いが違って見えはじめ、どんどん面白くなっていきました。自分がもつノウハウで考えることができるため、応用を利かせられるようになり、仕事が非常に楽になったのです。

それまでの経験を生かし、さらに広げることもできたのは、音楽を真剣に頑張ってきた経験があったからこそ。そして法律にも真剣に取り組んだからこそです。僕の場合、音楽のことがずっと頭に残っていたおかげで、ふとした拍子に両者が結びつきました。

めざしていたものと違う世界に入ったり、やりたくなかった部署に配属されたりすると、仕事が嫌になりがちだと思います。そしてそれまで培った経験、知識や技術が後に活かされなくなることも少なくないはずです。叶わなかった夢と一緒に頑張ってきた経験や知識なども切り捨ててリセットすることは楽かもしれませんが、それではあまりにももったいない。こうなりたかったという思いがあればあるほど、それまでの経験値を残しておくと、後の人生につながるのではないでしょうか。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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