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2025.08.21

価値次元を“ジャンプ”する競争戦略──任天堂の「性能に頼らないゲーム機」の開発

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既存の価値次元とは異なる「楽しさ」を目指したWii

 ソニーとマイクロソフトは、CPUのクロック周波数、演算処理性能を高めることで、より高精細で没入感を高めるゲーム映像を可能にし、他社との競争に勝とうとしてきました。これは、産業初期と同じ要因での競争で、「単一の製品性能の向上」による差別化といえます。

 一方、Wii以降の任天堂が選んだのは、別の価値次元での差別化の追求でした。たとえばWiiは、加速度センサをゲーム操作に取り入れることで、Wiiリモコンと呼ぶコントローラを通じた身体的な操作感を実現しました。Wiiの操作方法は直感的で、Wiiリモコンを振るだけでテニスやボーリングができるなど、年齢やゲーム経験を問わず誰でも簡単に楽しめるものでした。

 つまり、これまでは指先で操作していたものを、腕や体全体を使った体験に変えることで、ターゲットを既存のコアなゲームユーザーに限定せず、「家族みんなで楽しめる」ゲーム機という新しい価値を提案したのです。

 このコンセプトは、Wiiの外観や仕様にも表れています。白く光沢のあるコンパクトな本体は、リビングに自然に溶け込み、電源を入れたままでも邪魔にならないよう、低消費電力で設計されています。Wiiは「家庭の中心=リビング」にふさわしいゲーム機を目指していたのです。

 こうした「みんなで遊べる」という設計思想は、Nintendo Switchにも引き継がれ、「いつでも、どこでも、誰とでも遊べる」というコンセプトのもと、据置型と携帯型のハイブリッドという新たな形態が誕生しました。

従来の据置型ゲーム機のように家の大きなスクリーンで遊べるだけでなく、Switchは本体ごと持ち運べて、Joy-Conと呼ぶコントローラをシェアすればその場で2人プレイが可能に、本体を持ち寄れば最大8台でローカル通信もでき、オンライン接続で世界中のプレイヤーとも楽しめます。

このように、プレイスタイルや場所に合わせて自由に形を変えられるSwitchは、さまざまな場所・シチュエーションで家族や友達と一緒に遊ぶことができ、従来の据置型ゲーム機とは一線を画しています。

 任天堂は、他社が追求する性能重視の競争からあえて距離を置き、それとは別の道を選択してきました。これは、単一の性能向上による差別化ではない「価値次元の転換」によって新しい市場を創出したケースであると言えます。

 ここで言う「価値次元」とは、製品が持つさまざまな価値のなかで、特に重視される評価軸のことを意味します。従来のゲーム機が重視してきたのは、映像のリアルさや処理スピードなど、いわば「機能的価値」でした。

 一方、任天堂が取ったのは、製品の価値次元そのものを変えてしまうアプローチでした。操作性やデザインを一新して、ゲームの遊び方に新しい体験を持ち込み、機能的価値とは異なる価値基準を提案したのです。言うならば、既存の土俵から飛び出して、別の場所で競争を始めたようなものです。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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