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2025.05.29

新しい観光産業の方向性を探る―コモニングを軸とした場所産業へ―

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オーバーツーリズムには「コモニング」で対応を

 観光のグローバル化が地域住民の生活の質(QOL)を低下させたり、地域環境にもなっている観光資源に負の影響を与えたりすれば、生活地と観光地の質を同時に下げてしまいます。そして、中長期的には、劣化した観光地に訪れる観光客は減少するため、観光消費も減ることになるでしょう。

 現時点において、観光地の秩序を維持しようとする主な観光政策には、主に次の2つのアプローチがあります。

 第一には、価格メカニズムを観光地独自のルールとして利用し、観光客を管理する方法です。そこでは、個々の観光客が、運賃、宿泊費や飲食費、観光施設の利用料などの価格を介して行動づけられたり、動機づけられたりする合理的な意思決定をする人として位置づけられています。つまり、観光客と観光地における関係を観光市場の需給関係を通じて管理していく考え方です。

 たとえばイタリアのヴェネチアでは、年間およそ3000万人の観光客が訪れていますが、それによって家賃の高騰や公共サービスの低下が発生し、地元の人口は過去70年間で約70%も減少したとされています。このオーバーツーリズムへの対策として、ヴェネチア市は2024年から、観光資源が密集している旧市街地中心部を訪れる日帰り観光客を対象に1日5ユーロの入島税を導入しました。入島税は過剰な観光客の流入を抑え、地域住民の生活を守ることを目指しています。入島税が観光客の行動を管理するためのインセンティブとして用いられています。

 第二には、地域住民が主体となり、価格メカニズムとは異なる観光地独自のルールを作ることで、観光地で暮らす地域住民の生活を守る政策です。そこでは、自身の利益よりも地域住民の利益や幸福を重んじる行動が観光客に求められます。たとえば、同じくヴェネチアではバスや電車といった交通機関がないかわりに、ヴァポレット(水上バス)が市民や観光客の重要な移動手段となっています。しかしオーバーツーリズムの弊害で非常に混雑するため、地域住民が観光客よりも先に乗船できる仕組みが採用されています。

 第一の方法は観光客に自身の享受する便益に見合うであろう費用を負担させる点で、第二の方法は観光客に地域住民への配慮を意識させる点で、それぞれ観光客の行動に影響を与えています。ヴェネチアの例のように、どちらの方法も、「地域独自のルールに依拠する政策」です。これは「コモニング」という考え方に関連しています。コモニングとは「共有の場所(コモンズ)に関わる人々が公私を超えてコモンズを共同で管理するために、自己と他者との関係性を構築し維持していくこと」です。

 例えば、日本のいくつかの温泉地では、観光産業に従事する地域住民が源泉を適切に管理し、湯量を調整して分配することで、地域住民と観光客が共有する温泉の枯渇を防いでいます。もし、観光産業が自由に温泉を利用できる状態にしてしまうと、湯量が減少し、地域全体に悪影響を及ぼしてしまうからです。そのため観光産業に従事する地域住民が主体となり、利用ルールを定め、長期的な視点で源泉を管理しているのです。

 このように、コモニングの考え方を取り入れることで、地域住民と観光客が共存しながら、観光地という共有の場所を守ることが可能になります。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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