従来型の観光産業から「場所」に根ざした新しい産業へ
日本政府が成長戦略として「観光立国」を掲げて20年以上が経過します。従来型の観光産業では、観光地を「観光客のための場所」として捉えるビジネスモデルが主流でしたが、これからはコモニングを中心とした持続可能な形に転換しなければなりません。
観光地の自然や文化は、そこに暮らす人々の大切な資源です。地域住民という社会集団の構成員がそうした資源に責任を持ち、そこから恩恵を受けようとする実践過程のなかでコモニングは生じます。さらに、それは価値観(ルール)の共有を基盤とした物理的・観念的な囲い込みの過程であるため、コモニングを拡大することで、地域の社会的影響力もまた増大できると私は考えています。
観光のグローバル化が進んだ現在では、観光客が地域住民の生活に少なからぬ負の影響を及ぼすこともあり、コモニングに観光客を適宜組み込む必要性が生じます。つまり、観光客を地域住民と区別し特別扱いするのではなく、逆に地域住民の構成員に含めながら、地域住民と観光客が「住んでよし、訪れてよしのまちづくり」という同じ価値観(ルール)を共有していく方向性が、コモニングでは重要になるのです。地域住民の生活が先にあり、そのうえで観光客がその場所を訪れるということです。
その主役となるべきは、やはり地域住民と地域住民が生活している場所です。これまでの「出発地側の観光産業主体で観光地を商品化する」という視点から、「地域住民による生活地としてのまちづくりから始める」という視点に切り変えることが大切となります。
そこで、私は「発地型の観光産業」から「着地型の場所産業」にシフトしていく必要性を感じています。ここで言う「場所産業」とは、観光地を単なる消費の場としてではなく、地域住民と観光客が価値観(ルール)を共有していく「場所」と捉え直した産業を意味します。
その兆しは、すでに日本にもあると私は捉えています。たとえば、京都には、古い長屋を改築し宿泊施設として再利用している、京都に固有な雰囲気を体験できる町屋があります。京町屋は、奥行きのある細長い造りから「鰻の寝床」とも呼ばれています。外国人観光客にも人気があります。
京町屋は、地域住民が生活している場所にあります。しかし、近年、空き家になった京町屋が増えてきたため、京都で創業した企業が、それを保全・再利用する事業に取り組んでもいます。この京町屋は、京都市内の伝統的な歴史景観になっているだけでなく、コモニングにもなっています。地域住民がかつて生活していた場所に観光客が宿泊できる点で、京町屋は場所主導型の観光産業、つまり場所産業といえます。
観光客と地域住民とのコンセンサスの元で形成された「場所」は、一回切りの観光ではなく、リピーターを創出する可能性をもたらします。地域住民と観光客が価値観(ルール)を共有する場所(コモンズ)を蓄積していけば、地域経済の成長エンジンとして従来型の観光産業とは異なる「場所産業」になり、新たな地域社会形成の中核になっていくだろうと私は考えています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。