人口減を前提にした成長の方向性
実は、従来の経済成長論では、人口の増加が当然のように仮定されていました。事実、1年間の人口成長率をマイナスと置く学術論文は、黒死病の大流行といった世界史的事象の分析くらいにしか見当たりません。
その意味で、人口減少下での経済成長というテーマは学問的にも新しく、同時に非常に難しい問題であると言えます。
前述したとおり、経済成長には生産要素の持続的増加が不可欠ですから、労働力以外の生産要素を高めていく方向性を探るべきです。
例えばパン屋さんで考えると、パンを生産・販売するためには、働く人々以外に、オーブンや店舗といった各種設備が必要になります。この設備のことを経済学では「資本」と呼び、厳密には「財・サービスを生産・販売するために、過去から現在にかけて蓄積されたもの」と定義され、知的財産など非物理的なものも含みます。
資本もまた重要な生産要素のひとつであり、これを増やしていくことを「資本蓄積」といいます。日本は諸外国と比べて、設備や機械など物的資本の蓄積が量的にも伸び率的にも低い水準であるという分析結果があります。
1990年代に金融機関が続けて経営破綻した影響で、各企業は積極的な設備投資よりも、財務改善に重きを置いてきました。現状、必要な設備投資は多岐に渡りますが、特に求められているのはエネルギー・発電関連の蓄積でしょう。
日本の電力は外国から石油やLNG(液化天然ガス)等を輸入して賄っている状況です。ウクライナ危機や円安に伴って価格が高騰しているように、エネルギーの輸入依存度が高ければ高いほど、自然災害や戦争といった事態に対応することは困難になります。エネルギーを安定して調達できないと国内の生産活動に支障をきたしますから、経済成長にも悪影響があります。
しかしながら、脱炭素を目指す社会においては石油・石炭に頼り続けることは好ましくありません。原子力発電所の必要性は議論されるべきですが、一方で立て続けに原発を新設するような社会はなかなか想像し難い部分があります。とすれば第一には、再生可能エネルギーや環境負荷の低い発電設備などへの投資が欠かせないということになるでしょう。
交通システムの面でも改善の余地があります。例えば鉄道サービスや高速道路では都市部で慢性的な混雑が発生する一方、時間帯や気候条件によって非効率的な運行・運転状況が生じています。物流業界ではドライバーが不足しており、自動運転技術やデータ解析による効率化といった省人化・デジタル化投資の一層の推進が求められます。
物的資本だけでなく人的資本の蓄積も重要です。人的資本とは、労働者の技能や知識など、生産に貢献する広い意味での能力のことです。簡単に言うと、労働者の人数や労働の量が伸びなくとも、それぞれの質を上げれば経済発展につながるという考え方になります。
学校教育においては日本はOECD加盟各国との比較でも高水準にあるとの調査報告がありますが、人間の知識は社会に出て働く中でも身につけるものです。日本では大学に入るまでは一生懸命勉強するものの、企業に入社した後の人的資本の蓄積の度合いが低いことが知られています。民間企業全体で見たときに、従業員に対する研修等の教育的取り組みが諸外国と比べて不足しているのです。
これを少子化との関係で見ると、大学等の教育機関でも若い学生の絶対数が減少しますので、その分、社会人を受け入れられる容量が増えていきます。例えば、デジタル人材育成のために、社会人を対象に大学で情報系学習を行うなど、自治体の支援も含めた産官学の協同で働く人々をスキルアップさせていく環境を整えることが大事だと思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。