肺を動かす呼吸筋にどのように酸素を行き渡らせているか
一方で、ここには一見すると不思議に思える点があります。運動をすると、活動している筋肉には十分な酸素を送り届けなければなりません。ところが、運動強度が高まると交感神経の働きによって血管は収縮します。もし活動中の筋肉の血管まで一様に収縮してしまえば、酸素が行き渡らなくなってしまうはずです。しかし、実際の身体ではそのような事態は起こりません。
実際には、体内では極めて精巧な調節が行われており、運動に直接関わる筋肉では血管を拡張させる作用が同時に働きます。その一方で、運動中はそれほど重要度の高くない腹部の内臓などでは、より強い血管収縮が起こります。限られた血液と酸素を、今まさに必要としている場所へ優先的に配分する仕組みが自動的に機能していると考えられるのです。
ここで注目したいのが、呼吸を支える筋肉です。私たちは普段、無意識に呼吸をしていますが、呼吸もまた筋肉の運動によって肺を広げたり縮めたりすることで成り立っています。その中心的な役割を担っている呼吸筋の一つが横隔膜であり、もう一つが肋骨の間にある肋間筋です。
運動強度が高まるほど呼吸量が増えることはよく知られていますが、その際に肋間筋へどのように血液が供給されているのか、実は、その詳しい仕組みはこれまで十分には解明されていませんでした。
私たちの研究が焦点を当てたのは、まさにこの肋間筋です。先に述べたDCSを用いることで、身体への負担が極めて少ない方法で血流を計測しました。その結果、肋間筋の血管は交感神経による収縮の影響を受けにくく、運動によって血圧が上昇すると、それがむしろ肋間筋の血流を増加させる方向に働くことが明らかになりました。
この知見から、「運動時の血圧上昇は、呼吸筋への血液供給を高めることで呼吸機能を維持している可能性がある」という新しい視点を示すことができました。運動強度が高まるほど血圧は上昇し、呼吸も増えていきます。こうした変化は反射的な調節によって自動的に起こり、血圧の上昇が呼吸筋への血流を促して、呼吸筋の酸素供給と消費を支える可能性があると考えられます。呼吸が止まることは生命に直結するため、呼吸機能が優先的に保たれる仕組みが備わっているのかもしれません。
従来、このような研究を行うためには、静脈注射によって蛍光トレーサーを投与するなど、侵襲的な手法が必要でした。しかし、私たちが開発したDCSシステムは完全に非侵襲的であり、被験者への負担を大きく減らすことができます。この点は、今後の運動生理学研究における大きなブレイクスルーになると期待しています。
研究は一朝一夕に成果が出るものではなく、地道な積み重ねが欠かせません。それでも、運動と関連する生理機能のうち、これまでよくわかっていなかった仕組みをひとつひとつ明らかにしていくことが、将来的には大きな意味を持つと考えています。
たとえば、持久力を効率よく高めるために何が必要なのか、安全に運動を続けるにはどうすればよいのか、さらには高齢化が進む社会において、年を重ねても健康でいるためには何が重要なのか、といった問いに答えるための基盤になります。若い時期からどのような生活や運動習慣を身につけるべきなのかを考えるうえでも、こうした基礎研究は欠かせない土台なのです。
※関連論文リンク:Hiroki Matsushita, Koki Kurono, Mikie Nakabayashi, Kei Sato, Hidetaka Morita, Yuki Yoshida, Masafumi Fukumitsu, Kazunori Uemura, Toru Kawada, Masashi Ichinose, Yumie Ono & Keita Saku. “Non-invasive monitoring of microcirculation dynamics in hypovolemic shock: a novel application of diffuse correlation spectroscopy”(https://link.springer.com/article/10.1186/s40635-025-00761-9)
Ichinose M, Nakabayashi M, and Ono Y. Sympathoexcitation constrains vasodilation in the human skeletal muscle microvasculature during postocclusive reactive hyperemia. American journal of physiology Heart and circulatory physiology 315: H242-h253, 2018.(https://doi.org/10.1152/ajpheart.00010.2018)
Ichinose M, Nakabayashi M, and Ono Y. Rapid vasodilation within contracted skeletal muscle in humans: new insight from concurrent use of diffuse correlation spectroscopy and Doppler ultrasound. American journal of physiology Heart and circulatory physiology 320: H654-h667, 2021. (https://doi.org/10.1152/ajpheart.00761.2020)
Katagiri M, Nakabayashi M, Matsuda Y, Ono Y, and Ichinose M. Differential changes in blood flow and oxygen utilization in active muscles between voluntary exercise and electrical muscle stimulation in young adults. Journal of Applied Physiology 136: 1053-1064, 2024. (https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00863.2023)
Ichinose M, Nakabayashi M, and Ono Y. Muscle metaboreflex activation via postexercise ischemia increases intercostal muscle blood flow index without evidence of local vasoconstriction in humans. Journal of Applied Physiology 139: 988-999, 2025. (https://doi.org/10.1152/japplphysiol.00577.2025)
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
