
運動中の筋肉では血液はどのように流れ、酸素はどのように使われているのか。これまで、その詳細を調べるには大型装置や侵襲的な方法が必要でした。しかし近年、光を使って血流を測定する新たな手法が登場し、状況は大きく変わりつつあります。非侵襲的な計測によって明らかになり始めた運動中の体内環境の実像に迫ります。
「健康づくり」の土台となる運動生理学
厚生労働省の報告によれば、2023年度の国民医療費は48兆915億円と過去最高を更新し、前年度から1兆3千億円以上増加しました。この増加傾向は一時的なものではなく長期的に続いており、平均すると毎年およそ1兆円規模で膨らんでいます。
日本は世界に誇る国民皆保険制度を有していますが、医療費がこのまま増え続ければ、制度の持続そのものが揺らぎかねません。実際、医療費全体のおよそ6割前後は65歳以上の高齢者によるものである一方、現役世代の保険料負担は重く、世代間の不均衡は社会保障制度を支えるうえで大きな課題となっています。
こうした状況のなかで重要になるのが、「病気になってから治す」だけでなく、「そもそも健康な人を増やし、健康でいられる期間を延ばす」という発想です。その実現に欠かせないのが、運動による健康づくりです。
私が研究している運動生理学は、「運動をすると体の中で何が起こるのか」を科学的に解き明かす学問であり、健康の維持・増進から運動パフォーマンスの向上、安全で効果的なトレーニング方法の確立まで、幅広いテーマを扱っています。運動が体に良いことは経験的にも知られていますが、なぜ良いのか、どの程度行えばよいのかを明確にするためには、科学的な裏付けが不可欠です。
私自身は社会問題を直接扱っているわけではありませんが、運動中に体内で生じる生理的反応の仕組みを明らかにする基礎研究に取り組んでいます。こうした基礎的な知見の積み重ねが、科学的根拠に基づく健康づくりや運動指導を可能にします。
なかでも私が強い関心を持っているのが、「運動中の血流と酸素のやりとり」です。そもそも、運動パフォーマンスは、呼吸、循環、そして筋肉のエネルギー代謝が統合的に働くことで初めて成り立っています。
肺から取り込まれた酸素は血液中のヘモグロビンと結合し、心臓の拍動によって全身へ運ばれ、筋肉の毛細血管を通じて細胞に供給されます。そこで酸素は、ミトコンドリアにおいてATP(アデノシン三リン酸)というエネルギーの媒介となる分子の産生に使われます。たとえば、持久性運動で高い能力を発揮できる人は、筋力が強いだけでなく、呼吸・循環・代謝のすべてが高いレベルで機能しているのです。
特に重要なのが、筋肉内を張り巡らす微小な血管網、いわゆる微小循環です。ここは血液と筋細胞の間で酸素や栄養素、代謝産物を交換する場であり、その機能低下は生活習慣病や加齢に伴う運動機能低下と関連していることが示されています。しかし、この微小循環の血流や酸素代謝を測定することは容易ではなく、従来はMRIやPETといった大型装置、あるいは身体に負担をかける侵襲的な手法が必要でした。
そこで私は、明治大学理工学部の小野弓絵先生、そして当時小野研究室の大学院生で現在は新潟大学工学部の助教として活躍されている中林実輝絵さんとともに、拡散相関分光法(DCS)という光の“ゆらぎ”を利用した新しい計測手法に取り組みました。この方法により、身体に傷をつけることなく、運動中の微小循環血流を連続的に測定できるシステムの開発に成功しました。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。
